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デジタルピアノ/アコースティックピアノの二項対立から逃れたい(3)2台のデジタルピアノによる演奏会「白と黒で」を聴いて

連投してきたテーマですが、ようやく今夜のコンサートのところまで辿り着きました。本荘悠亜さんと横山博さんの2台のデジタルピアノによるコンサートです。

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プログラムは、チラシ内容とは少し変わって、こうなっていました。

ホルスト:組曲「惑星」より『木星』
ラヴェル:ソナチネ(本荘さんのソロ)
小杉武久:DISTANCE FOR PIANO (revised,2005)(横山さんのソロ)
ライヒ:ピアノ・フェイズ
ドビュッシー:白と黒で

フラットな会場の中央に、CASIO PX-160というデジタルピアノのキーボードが向かい合わせにセッティングされています。
この楽器はなんと2015年発売で、当時5万円程度の安価なデジタルピアノです。なぜ、技術の進展が目覚ましいデジタルピアノなのに、古く安価なタイプのものを使用したのか、あえてなのか、なんなのか、その説明はプログラムにとくに記載はありません。

部屋の四隅には、スピーカー Electro-Voice EVERSE8が4つ。1台のピアノにつきLとR、2台分で4つ。このスピーカーは2022年秋の発売で1台126,390円。

実は今日、昼にトッパンホールでピアノリサイタル(ジャンミッシェル・キムさんのリサイタル、こちらも素晴らしかったのであらためて感想書きたいですが)を聴いてきたあとなので、さて耳がどうアジャストできるか…という心持ちで客席へ。

正直、前半のホルストとラヴェルは少々苦労しました。ホルストはもともとオーケストラ曲ですし音数の多いアレンジで、音量は適切に感じましたが、どうにも音と音の間の心地よい隙間がないというか。

でも2曲目のラヴェルは、徐々に耳が慣れてきたのと、ソロになったので、楽器や奏者の特性が少しずつ感じられるようなってきました。

気づいたのは、CASIO PX-160は低音弦(弦じゃないけど)がなかなか減衰しないということ。音がかなり長く伸びる。
明らかにアコースティックの楽器では聞かれない減衰の無さ。
ペダリングをうまくしないと、突然スイッチ・オフ状態で切れてしまう。
でも逆を言えば、減衰しないということは、長さ調整のコントロールがかなりの割合で奏者に委ねられるということ。
その特性を生かすか、殺すか。
それによって、この楽器ならではの表現ができることになる。

興味深かったのは、
身体の使い方がモダンピアノ仕様になってしまうこと。
ffで表現する場面で、とっさにグランドピアノを弾くように、かなりのスピード感や重みを持たせてしまうので、オーバースペックな振る舞いに見受けられました。それほどまでに、奏者と楽器との長年の関係性は身体に刻み込まれているのだなぁと、ある種感慨も受けた次第。

ホールでフルコンを鳴らすように鍛えられたタッチは、必要ない。

それを発見した瞬間でした。これが(2)の投稿で書いた、「ピリオド楽器である」という視点に繋がりました。

ラヴェルでは、打鍵音がカタカタと響いたのが気になりました。というのは、私自身、デジタルピアノで激しく練習していたとき、よくこういう音がしていたなぁと思い出したのです。そして、その後軽く腱鞘炎になりました。アコースティックのピアノなら、まずならない程度の打鍵でしたが、安価なデジタルピアノは鍵が底にタッチしたときの衝撃を手首がダイレクトにくらうんですよね。
本荘さんどうか手首痛めませんように…と心配になりました(余計なお世話w)。

後半の「白と黒で」では、耳がかなりアジャストしてきたこともあり、ようやく奏者二人の音色の違いなどがわかりました。でもごくわずかに、です。アコースティックならもっと違いが出ます。
でもこれは、2台ピアノのアンサンブルとして、強みになるのは言うまでもありません。
またキーボードタイプの2台が向き合うと、本当に奏者間の距離が近いので、ユニゾンがばっちりそろったり、ガチコン!と決めるべき和音が気持ち良くそろったり、横山さんが頭で指揮するように演奏していたこともあって、息ピッタリの演奏はとても素晴らしかった。
これが、残響豊かな広いホールでフルコン向かい合わせとかいう状況なら、奏者間が遠いので、ここまでタッチのスピード感を揃えるのは難しいよね、というところ。
2台デジタルピアノデュオの可能性の一端をみました。

一方で、音数の多い和音が、やや平面的に感じられました。
デジタルピアノの特性または限界なのか、奏者の特性または限界なのか、はたまたスピーカーの特性または限界なのか、判然としないところもあったけれど。
例えば、4つの音を重ねる和音なら、その4つの中でも和声的な役割から凹凸をつけるわけですが、そこがどうにも平坦になりがち。
おそらくは楽器のコントロールが難しいのだと思います。スコン!と強音で飛び出してしまう特性はあるようです。

カメラの写真でも「白飛び黒潰れ」なんていいますが、楽器によって音がバンと飛び出してしまったり、和音がぐちゃっと潰れてしまいがち……なのだとしたら、デジタルピアノ(少なくともこの機種)での練習のポイントは、そこのコントロールということになるのでしょう。
これは逆にグランドピアノでいくら練習していても、CASIO PX-160がうまく鳴らせない、ということになりますね。

クラシックの作品への果敢な(!)挑戦もよかったですが、
デジタルピアノだからこそ、という表現が面白かったのが小杉武久さんの作品でした。横山さんが、楽器から離れてすわり、長いモップとかワイパーで鍵盤を触り、なんかヘンテコな音を出すわけです。鍵盤以外の操作ボタンも意図的に触って、なんとピアノの自動演奏によるショパンのOp.9-2が流れてきたときは笑ってしまいました。優雅な3拍子に合わせてワイパーが鍵盤上を行き来し、ヘンテコな音を付け加える。挙句、音色がマリンバ(?)かなんかに切り替わり、最後だけは音響さん(ottoの井上ようすけさん!)がイコライザでやや増幅するという演出。面白かったなー。
こういう、「デジピだからやりました」的に針の触れきった作品も、ラヴェルの演奏の次に出てくるというのが、この企画ならではの楽しさですね。

ライヒの「ピアノフェイズ」は当然のように、デジタルピアノ2台と相性がいい。私も学生時代、楽理科学内演奏会で友人とこの曲を演奏しましたが、ふつうにグランドピアノ2台でした。じわじわ粘りながら位相をずらして20分くらいかけて演奏した記憶があります。気持ちの良さは、グランドピアノでもデジタルピアノでも、こういった作品の場合はあまり変わらないかなと思ったり。

体験としても楽しかったし、気づきも得られて、素晴らしい試みの演奏会でした。「vol.1」とあるので、ぜひ続けていただきたいですね。新たな展開を期待してしまいます。

思ったことをあと少し。
やはり、日進月歩で開発の進むジャンルではあるので、メーカーさんにも協力をいただいたりしながら、最新モデルでもやったみてもらいたい気がします。表現やレパートリーなども変わる可能性がありますね。

終演後にお話した横山さんがおっしゃっていましたが、この編成のための新曲委嘱は面白いですね。作曲家のクリエイティヴィティを刺激するのではないでしょうか。

そういえば昔、LFJで伊東恵さんと北村朋幹さんが、微分音程ズレた2台のピアノのための作品、ヴィシネグラツキーの「2台のピアノのための24の前奏曲」を演奏されたのを思い出しました。公式ブログレポーターとして記事を書いたのですが、まだその時のレポートが残っていました。

いずれにしても、ありそうでなかった本荘さんと横山さんお二人の挑戦、デジタルピアノによる可能性第2弾にも期待しています。

…と、あえてここまで、本荘さんのnoteの記事を読まずに、自分の感想だけで書いてきました。これからゆっくり、noteや、今夜くばられたプログラムの力の入った文章も拝読します。


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