雨も滴る強がり女

雨も滴る強がり女

「ねぇなんでそんなにいつもダメ男ばかり捕まるの? 」

クズみたいな男にふられたばかりの女に、彼女は出来立てのパスタを少し冷やすように息をふきかけながら、半分呆れた様子でそう言い放った。

「んーん。あえて選んでるわけじゃないんだけどさ。」 

宙を仰ぎながらも、いつもよりも少し丁寧に言葉を選びながら、女は話を続ける。

「なんだかさ、基本的に私は何が起きても大丈夫なんだよ。
大丈夫というと、ちょっと違うか。
今でもこんなに落ち込んで話を聞いてもらってるんだから。
まぁ大丈夫ではないんだけれど、きっと私なら何が起こっても乗り越えれるはずだっていう、根拠のない自信が根底にマグマのようにフツフツと流れてるわけ。
そしてね、そんな変なやつに限って、私の知的好奇心を刺激するのよ。
知りたい、この先に何があるんだろう、私も周りの人もまだ見たことない未開拓の地があるんじゃないか、って、感じかな。
この知的好奇心ってやつがたまらなくやっかいでさ。
満たされるまで止まらないわけ。
そうして本能に従って突き進んだ結果、今ここで涙ながらに振られた話をしないといけない現実にいきあたったってことよ。 」

女は半笑いで、長々と持論を語った。

「ふーん。よくわかんないけどさ。
それってあなたは本当に幸せなの?」 

彼女は天然なふうにして、いつもこう、確信を付いてくる。
だから女はたまに彼女のことが少しだけ好きになれない。
優しい言葉の陰にいつも棘が隠れていて、それが心に突き刺さって抜けないのだ。
まぁそんなことは言葉にせずとも、きっと顔に出てしまっているのだろうけれども、それでも女はそれすら分かった上でわざわざ言葉にすることはない。

「何を幸せと呼ぶのかは分からないけどさ。
まぁもちろん私だって一般的な幸せには人並み、いやそれ以上に憧れを抱いてるわけさ。
そんなの、知っての通りたと思うんだけどね。
でもさ、それ以上にやっぱり勝っちゃうわけ、好奇心が。
そしてその興味を根底の自信が後押ししちゃうんだよ。
だから止まれない。まぁ旗からみたら負のスパイラルに見事にハマってるのかもね。
でもまぁその渦中にいる間は、ほかの男では味わえないくらいスリリングというか、最高潮に興奮するわけよ。
気分はコロンブス、みたいな? 」

「そーなんだー。私にはよくわかんない理屈の世界観だね。
私は普通に愛されてる方が幸せだなー。 」

だいぶ自嘲気味に言ったつもりだったんだけれども、まったくといっていいほど、興味も理解も示されず、王道とも言える女の幸せ論で返されてしまって、あぁそうだよなーうん、きっともうこの話は誰かに話すべきではないのだろうなと、既に知っていた事実を改めて確信した。

理解されないのなんてわかってる。
私だって普通に生きたかった。
そう思えたらどんなに楽なのか、なんて何度考えたことやら。
普通の幸せをくれそうな、優しい男に告白されたことだって、1度や2度ではないくらい、ちゃんと経験していた。

それでも、やっぱりどうしても、そんな男には心がなびかなかった。
そんな男の優しさは本当の優しさに見えないのだ。
ただ、自分に好かれたくて媚びてるだけ。
そんな男に自分の幸せを委ねるなんて考えるだけで身の毛もよだつ。
そんな男に抱かれた日には、何度シャワーを浴びて念入りに体を洗わないといけないのだろうか、なんて考えたことすらあって、そんなことを思い出しているうちに1人笑いがこみ上げてしまったた。

「何笑ってるの?」

「いやなんでもないよ。ちょっと妄想してただけ」

「ほんと変わってるよねー。おもしろい。」 

理解されないだけで、普通じゃないとか変わってるって位置づけられて、片付けられちゃうんだよなぁいつも。
もう慣れてしまうほど繰り返されたこのやり取りさえも、何だかやっぱり少し寂しくて、もうほとんど残っていない氷の溶けたコーヒーを思い切り勢いよくすすった。

あぁあ。いつになったら私に普通の幸せは訪れるのだろうか。
振られた後の孤独な昼下がりは毎回、白馬の王子様なんていないことは分かっていながら、もし降ってきたら両手でしっかり受け止めてあげるのに、なんて馬鹿なことをらしくもなく考えてしまう。

バカはハナから私が相手にしない。
少し賢いやつは核心まで踏み込んでこない。
優しいだけのやつは媚びてくる。
そして図々しくもこの私の変に高いハードルを越えてくるのは、ある意味気違いとも言える、いわゆる空気の読めない変人だけなのだ。

そこまで突破されてくることが普段ない分、理性なんてぶっ飛ばしてその愛に身を委ねてもいいかな、今度こそこの愛を信じてもいいのかななんて思ってるうちに、やっぱりその変わった魅力に惹かれてしまって愛してしまった結果、また同じようにクズ男をひいて最低な捨てられ方をしてしまったというわけで。 
クズ男は基本的に別れ方に誠意なんてないし、それまでの愛情に何かを感じることもない奴ばかりだから、結局いつもこうして泣きを見るのは私の方だということくらいはこれまでの多数の経験で一応学んできた。

学習能力ないのかもしれないなんて思い悩んだこともあったけれども、学習したところでこんな性質なのだから結局は一緒なのかもしれない。

「よし。合コンしよう!」 

「気が向いたらね。」

どうせやることしか考えてない能無しばかりの野生動物が集まる飲み会なんて、正直時間の無駄だなーと感じてしまったから、優しさであろうその発言も適当に流してしまった。

「じゃーすぐセッティングするね!」

急に満面の笑みで口を開いたと思えば、そんな唐突な提案をし、私の心中すら察することなくどんどん話を進めていく彼女の能天気さすら、こんな昇進中の今だけは、少しだけ羨ましく映ったりする。

きっとこんな女には私はなれないのだろう。
こんなに底抜けに明るく、楽観主義で、間延びした話方なんて、生まれ変わったってできる気がしない。
ただ、こんな守りたいと思わせる、自由奔放な小動物のような女が男心をくすぐり、愛されて生きていくことはきっと時代が変わっても不変なのだろう、という哀しい現実が重く肩にのしかかってくる。
それでもいつかは。誰か私自身を愛して、守りたいといってくれる人と出会えるのだろうか。
絶え間なく交互に押し寄せる不安と希望に押しつぶされそうで、それでも女はただひたすらに、どうしようもないからこそ、その哀しみを押し殺して、より自然に見えるように、笑った。

「あ、雨降り出したじゃん、最悪~。 」

窓の外を見ると、小ぶりの雨が窓に水滴を作っていた、

「夕立かな。傘もってきた? 」

「うんん。持ってきてないの~。だから最悪。
そろそろ帰らないといけない時間なのに~。」

やっぱり彼女は甘え上手だ。
私には到底叶わないほどに。 
相手が誰であろうと、こうして自分のままに生きれる人間なのだ。
ある意味、私よりも図太い神経を持っているのかもしれない。

「いいよ。この傘使って。」 

「え、本当にいいの~?」 

絶対そのつもりだったくせに。
なんて思ったことをわざわざ口に出すほど、子どもでもなければ、めんどくさい女でもない。 というか、なりたくはない。

「いいよ!私家近いし、濡れても大丈夫だから。」 

そう言ったあとに、今日の自分の服が最近買ったお気に入りだったことを思い出したけれども、もう嬉しそうな目の前の彼女の顔をみると後にはひけなくなっていた。

「傘ありがとうね!じゃあまた今度返すね! 」

何だか少しだけ楽しそうに雨の中を歩き出した彼女の背中を見送って、背を向け見上げた雨空に躊躇しながら、本当は少し距離がある家までの道のりを雨の中を歩き出した。

きっとこれが女としての格差なんだろう。
そんな思いをぬぐい去るように、少し強くなりつつある雨の中を、女は走ることもなく、まるで雨など何も降っていないかのように、堂々と、ただゆっくりと、一歩一歩踏みしめて女は歩き始めた。

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