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僕はとんとん、じゃがいもにんじん切って

僕はとんとん、じゃがいもにんじん切って。涙を流して玉ねぎを切って。
小さく歌いながらスーパーの通路を泳ぐ。次々と買い物かごに根菜を放り込みながら、私は上機嫌だ。キャベツはどうしよう、本格的にやるならやっぱり大根も、と楽しく悩みながら今冬高沸している葉のものは諦めて大根をかごに追加した。大根も安くはないが、根菜の充実したのが好きなのだ。大根は入れよう。地元三浦産だし。地産地消は身体のサイクルにも合うという。アーユルヴェーダとかいうあれだ。うん、絶対美味しい。
帰宅して、鍋を出してから野菜の下準備にかかった。涙目に切るたまねぎは幅広のくし切り、大根は5ミリ幅くらい、にんじんは薄めのイチョウに切る。こうしておくと火が通る時間が等しくなるのだ。じゃがいもは皮をむいて半分に切ってからレンジで火を通す。いっしょに煮ると煮くずれてしまうので、鍋に入れるのは最後の方でいい。
今日のタンパク質は鮭。タラもいいな、と思ったのだけれどじゃがいもとのマッチングでは鮭が上だ。私の先祖は道産子なのだよ。タラも食べるけれどさ。
根菜がこの布陣とくれば、あとは豚バラ肉か鶏肉かと思われるかもしれない。実際私も大好きだ。でも今日は鮭で行くと決めた。神保町の「チャボ」みたいに、クリーム煮風の白いのもおいしいかもしれない。でも今日はもっとオーセンティックにいこう。
キャベツがあればちゃんちゃん焼きという手もあったと思う。鮭キャベツ味噌の相性を発見した北のご先祖さまには金賞を差し上げたい。だいたい味噌とバターという組み合わせは本土の人間に思いつけるものではない。酪農偉大なり。大地と海と川の神に感謝を。でも寒いから、焼き物より汁物がいい。
馬鹿なことを考えている間に下準備ができて、根菜類を鍋に加えて火にかける。ベースになってくれる野菜はあっさりと煮る。ヘルシーな仕上がりになるし、出汁がでて旨い。ちょうど今日始まった小説のハッカソン「NovelJam 2018」がニコ生で配信をしているのでリンクを辿る。鷹野@アイコン詐欺理事長の額が静かなざわつきのなかで延々と配信されていて、やがて三木さんの講演が始まった。
三木さんの言葉の説得力が凄い。文字媒体で掲載されたインタビューは何度も読んでいたけれど、生は初めてだ。過去の媒体については、どうせ編集してこんな具合になってるんだろうというへそ曲がりな思いもあったのだけれど、そんなことはまったくなかった。三木さんは紙面で読んだあの三木さんだった。熱く濃くたゆまずに語る。恐ろしい人だ。
これから小説を書いたり、それを導いたりまとめたり、その世界を平面にまとめたりするチームにとって、お題発表直後に三木さんの言葉を延々と刻まれるというのはどうなんだろう。私は鮭の切り身を切り分けながら想像する。もし自分があそこにいたら。きっとバキバキに緊張する。以後の作業のすべてのステップで、三木さんの言葉が呪詛のようにエンドレスに脳内で再生され、私はペースを見失い、想定し得ない読者の顔を求めて会場をさまようだろう。とても平静ではいられない。そうだ、今回運営から参加者に指示された持ち物の懐中電灯は、きっとこのためにあるに違いない。頭に2本、鉢巻で巻き、深夜の館を徘徊するのだ。
ほくそ笑む理事長の顔や、ゲバラの人をはじめとする運営のみなさんの顔が脳裏に浮かぶ。この人達はどこまで体育会系なのか。
玄関の扉が開いた。職場から妻が戻り、アルバイト先から娘が帰ってくる。夕飯の支度はバッチリだ。鍋からいい香りの湯気がたっている。寒い冬の夜、家族で夕食をとる小さなしあわせ。卓上の石狩鍋はすぐ空っぽになった。ご先祖様に乾杯――。 #CurryJam

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