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巴里のイザベル

主人公以外全滅! 女も子どもも皆殺し! 驚愕の少女向けアニメ『巴里のイザベル』とは

良質な作品ながら、残酷。昔の方が、歴史に正対した作品が多く、学ぶべきことも多い。yahooニュースとして掲載されてましたので、コピーし、資料として保存させて頂きます。

「殺せ! 殺せ! 女子どもとて容赦はするな!」

 1970年代から80年代にかけては、子ども向けアニメでも容赦のないストーリーや描写が少なくありませんでした。

 1979年に放送された「キリン名曲ロマン劇場」の『巴里のイザベル』もそのひとつでした。「キリン名曲ロマン劇場」とは、キリンビール一社提供のファミリー向けアニメシリーズで、クラシック音楽がBGMやテーマソングとして使用されていました。「カルピスこども劇場」(後の「世界名作劇場」)を意識していたのではないかと思われます。
 4作品が放送された「キリン名曲ロマン劇場」のなかでも、『巴里のイザベル』は容赦のなさが飛び抜けていました。1870年に勃発したフランスとプロイセンの戦争(普仏戦争)とその後のパリ・コミューン(世界初の労働者による自治政府。後の社会主義、共産主義に大きな影響を与えた)を舞台に、戦乱の中で生きる少女の姿を描いた物語です。
 主人公のイザベルは、パリの富豪貴族ロスタン家の娘。美しい姉のジュネビエーブ、凛々しい兄のアンドレイア、幼なじみの陽気な貴族の御曹司ジャン、姉の婚約者で軍人のビクトル、姉が思いを寄せるピアノ教師のジュールなどが登場します。  シリーズ序盤は彼らがドロッとした恋愛模様を繰り広げていましたが、普仏戦争でフランスが敗北するとドラマは急展開を見せます。パリでは市民たちが蜂起して自治政府パリ・コミューンが成立。ジュネビエーブやジュールらもパリ市民のなかに身を投じ、イザベルも男装して活躍します。しかし、フランスの政治家ティエール(実在の人物)は、パリ・コミューンを敵視し、プロイセンと結んでパリに軍隊(ヴェルサイユ政府軍)を差し向けました。  第11話では、パリ・コミューンに味方する謎の男・血のコウモリ(正体はアンドレイア)を匿ったとして、ロスタン家が軍に攻撃されます。イザベルの母は砲撃によって死亡。父は半狂乱となり、屋敷の中で焼け死にます。ロスタン家は崩壊し、イザベルは雨に撃たれながら墓地で泣き崩れるしかありませんでした。
 悲劇はこれだけでは終わりません。ティエールは叫びます。「殺せ! 殺せ! 女子どもとて容赦はするな! パリを取り戻すのだ!」。ここから史実である「血の一週間」が克明に描かれるのです。  第12話、「市民による市民のための市民の街」を謳ったパリ・コミューンは、大通りでダンスパーティーを開催していました。しかし、軍隊は人々に対してダイレクトに砲撃を加えていきます。こうしてパリ市民の殺戮(さつりく)が始まりました。「パリ万歳! 俺たちの街万歳!」と叫ぶ人々が次々と胸や額を撃ち抜かれて死亡。女も子どもも容赦なく殺されていきます。パリの街には目を見開き、体中から赤い血を垂れ流した人々の死体が折り重なっていました。文字通りの地獄絵図です。  最終回の予告のナレーションもすさまじいものでした。「愛する街を血に染めて、お兄様が、お姉様が、ジュールが、ジャンが倒れていき、そして5月28日、最後の銃声が鳴り響いて戦いは終わりを告げました。『巴里のイザベル』最終回『新しい人生の旅立ち』、お楽しみに!」。  楽しみにできないよ! なお、5月28日とは、パリ・コミューンが鎮圧されて崩壊した日のことです。

爆殺! 銃殺! 刺殺! 女も子どもも皆殺し!

 最終回(第13話)は、ビクトル・ユゴーによる銃殺刑を恐れない少年の勇気を讃える詩の朗読で始まります。しかし、現実は悲惨なものでした。砲撃による爆殺、一斉射撃による銃殺、剣による刺殺など、あらゆる方法でパリ市民が虐殺されていきます。  姉の恋人ジュールは銃殺刑に処されます。姉のジュネビエーブらがいる野戦病院にも軍が押し寄せてきました。気丈な姉はピストルを持って立ち向かいますが、ノータイムで撃たれてしまいます。気のいい小間使いの女性や仲間たちも皆殺し。屋敷は砲撃され、燃え盛る天井が落ちてきて姉は焼け死にました。身ごもっていた新しい生命も儚く消えてしまいます。  兄のアンドレイアが単身ティエールに迫りますが、もう一歩のところで蜂の巣に。イザベルに「僕は生きるんだ!」と語っていた陽気なジャンも、不意打ちの一斉射撃で死亡。軍の指揮官の情けで生き残ったイザベルの脳裏には、親しい人たちの死に様が次々と浮かんできます。燃え盛るパリを見下ろすイザベルは、たったひとりで生きていくことを決意するのでした。おわり。  史実だから仕方のないこととはいえ、ファミリー向け、少女向けのアニメとしてはあまりにも救いのない悲惨な終わり方です。この作品にはヒーローもヒロインもいません。主人公は多少活躍しますが、結果的に主人公以外の登場人物は全員死亡し、彼らを殺した政治家はそのまま生き残ります(ティエールはパリ・コミューンの鎮圧後、フランスの大統領に就任しました)。徹底的に革命の敗北を描いたドラマと言えるしょう。  全13話の脚本を執筆したのは『魔法のプリンセス ミンキーモモ』や『ポケットモンスター』で知られる首藤剛志さん。当時、フランス革命を題材にした『ベルサイユのばら』(マンガと舞台)がヒットしていたことを受けて少女向けアニメの企画が立ち上がり、首藤さんがパリ・コミューンを題材に選んで企画書を書き上げました。後に首藤さんは「誰かの原作でない、僕のオリジナル作品としての過剰な愛着をゆるしてください」と記しています(WEBアニメスタイル 05年7月20日)。  首藤さんは20代の頃、パリ・コミューンの最後の戦闘が行われたペール・ラシェーズ墓地(最終回でイザベルたちがいた墓地)に何度も通っていたそうなので、やはりパリ・コミューンそのものに思い入れがあったのでしょう。『巴里のイザベル』の続編を大人向けの小説として、パリ・コミューンからロシア革命までを1人の女性を通して描く構想もあったそうです(同上 10年3月24日)。  なお、イザベルを演じた小山まみ(茉美)さんは、テープを聞いた首藤さんが周囲を説得して起用したそうです。後に首藤さんが脚本を担当した『戦国魔神ゴーショーグン』のレミー島田や『ミンキーモモ』のモモも小山さんが演じました。  本作でテーマソングとして使用されていたのがショパンの「幻想即興曲」です。『巴里のイザベル』のストーリーと同様、予測不能な展開をみせるドラマティックな曲として知られています。この曲が発表されたのは1855年。つまり、パリ・コミューンとほぼ同時代です。2か月だけ成立した民衆による自治政府パリ・コミューンは、儚い「幻想」だったのかもしれません。

大山くまお