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解雇されたいという不謹慎?

久しぶりに、まっくろな自分の心のうちをみつめることになって、書いておこう、という気持ちになる。

いきなり脱線だけど、自粛解除予定の5/7って満月だあ。ばあーっと反動で、仕事の流れや世の中が嵐になりそう。段階的解除って、早めにお灸をすえてほしい。

上司のような同僚から、仕事のタスクと再開予定の連絡が電話できた。素が高圧的というか兄貴肌というか悪気があるのかないのか面倒見がよすぎるのかよくわからないけど、とにかく私を頼りないと思っているのが話の節々からわかる。確かに経験値が違いすぎるし、その認識がまちがってないのはわかるけど、他の同僚の前で、大きな声で電話しながら、バカにしたような話しぶりをしたときに、電話の向こうで笑い声がどっと。その言い方のキツさに笑ったのかも、と書きながら、ポジティブにとらえる方法をもさくしているけど、電話を切ったあと、涙が出てきた。そんなバカにするくらいだったら、さっさと解雇してくれたらいいのに、という気持ちがよぎる。ひとりでなんでもできるという自負のPRと、足をひっぱらないで、という牽制をうけるたびに、つくづく思う。ましてや、雇用主の前で笑いものにするのなら。解雇して、自分の給料増やして、と頼んでもらったほうが、お互いの為にはいいのではないでしょうか?

と、いう考えは、こんな調子じゃ私が解雇になっても不思議じゃない、という予感を、自らが望んでいる、とすり替えるダメージコントロールなのかもしれない。

仕事としては、好きな業種ではある。しかし、ポディジョンとして適正があるかは自信がない。また、お互いに尊敬できない同士で仕事するのは健全ではない、と生意気に思う。育ててもらってる、と思えばいいんだろうけど。やっぱり苦手なジャイアン体質の人が多めな業種なのかもなあ、とか、ネガティブになる。持病特有の被害妄想で、思い過ごしであればいいけど。

元々は根なし草なのに、こんな状況で解雇されず、ひとまず5月までの給料は、保証されそうなのは、ラッキーとしかいいようがないと、神様と雇用主には感謝している。いちお頼まれて仕事してる訳なので自分からやめるという気もない。でも、仕事再開したら感染リスクもあるし、苦手な人に迷惑な顔をされながら仕事をしていく憂鬱さを想像すると、すぐに病みそう。そんな悪い想像をするのは、ひきこもってるからなのか。そうじゃないんだな、、これは私の思考癖。新卒の時から嫌になるとクビになりたい、とぼやいていた。やめる理由にはならないけど、やめたらラクだろうな、と思う。自分の幸福を見極めたい。時間はありそうで、ない。

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