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【父方ルーツ その2】父方ルーツは秋田 に…初めての手書き戸籍

父方祖父母2人、そして曽祖父母4人。

当たり前のことではあるけれど、こうして2、4、8、16と先祖の名前が判明するごとに新しい出会いが待っています。

まして何も知らなかった私にとっては、曽祖父母ですら初めましてだったのだから、この先の出会いはどんなものになるのだろうと、心を踊らせておりました。

父方のルーツは秋田である

ということは聞いていたのですが、それ以上のことは知らなかった私。

タイムトリップの入り口は開かれました。

前回のお話はこちら

いよいよ戸籍を目にする!!!

4人の父方曽祖父母の名前がわかったところで、母がゴソゴソと奥から持ってきてくれたのは、祖父金次郎の戸籍でした。

もう何年も前に書類作成の際に必要な書類として金次郎名義の戸籍を全て請求していたそうで、私はこの時初めて手書きの戸籍というものを目にすることとなりました。

現在は印字された文字が書かれた戸籍となっているので、味気ない書類の一つでしかありませんが、手書きの戸籍にはなんともいえないノスタルジーを感じるものでした。

「なんだこれ?!」

人の手で書かれた味のある戸籍に私はすっかり魅せられてしまいました。

こうして「戸籍」という存在とも魅力的な出会いをしてしまったのです。


さて話を戻しましょう。

早速戸籍を眺めてみます。ふむふむ。


父が子供として書かれた祖父工藤金次郎ファミリーの戸籍から、金次郎が子供として書かれた曽祖父金治ファミリーの戸籍まで。

見慣れない書類のフォーマットとやや難解で解読困難な手書きの文字にしばらく腕組みをしながらフリーズ・・・

それでも、比較的新しい戸籍は手書きと定型文が印鑑で記録されており、ゆっくり眺めているとどんなことが書かれているのかがわかってきます。

どれが一番古いのかすら、その頃の私は戸籍というものを理解するのにものすごく時間がかかりました。

ようやく時系列を整理し、その時点で手元にあった一番古い戸籍は曽祖父金治戸主のものであるということがわかりました。

今でこそ戸籍をスイスイ理解できるようになりましたが、そのころは何が何やら、一つ一つ理解するのに、かなりの時間を要したものです。

(のちに少しずつ勉強をしてわかったのは、その戸籍が明治31年式戸籍であるということ。戸籍の歴史はここでは割愛します)

そしてそこには秋田県にいた頃の地番も記載されています。

話には聞いていたものの、実際に秋田の地名を目にしたことでリアリティがグッと増し私のテンションも爆上がりです。


秋田県の地番が判明

いよいよ内容を見ていきます。

明治40年に工藤金治が秋田県山本郡塙川村戸籍から北海道札幌郡豊平村に分家届け出されこの戸籍が作られています。

秋田県山本郡塙川村…はて?

土地勘のない私にはそれがどのあたりなのか全く想像がつきません。

こんな時に頼りになるのがGoogle先生。

塙川村を検索してみました。

現在の八峰町南端および能代市の北部にあたる

おおお!!!能代!!能代といえば能代工業ではないですか!

バスケットボールの田臥勇太選手の出身校のあるあの能代!

ちょっと知っている地名が出てきました。

そしてGoogleマップでそのあたりを検索してみますと、確かに今もその地名は字として残っている様子。

おおよその場所がわかっただけでも大進展です。

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世界遺産白神山地の麓、海からもそう遠くない集落です。

どんな風景が広がっているのだろう・・・

想像が止めどなく膨らんでいきます。


北海道で生まれた祖父母。

おじいちゃん、おばあちゃんもこの場所を訪れたことがあるのだろうか…

もちろん、私の父もその場所を訪れたことはないし詳細な場所を検索したこともなかったようです。

そう思うと途方もなく長い時間旅行に不思議な気持ちになります。 


<余談>味覚の記憶

余談ではありますが。

ルーツ探しに興味を持つよりずっと以前に秋田の角館へ旅行をしたことがありました。

そこでいぶりがっこを食べた時、おばあちゃんの作ってくれたたくあんの味と全く同じで感動したことを思い出しました。

それまで市販品であの味に出会ったことはありません。

毎年冬を前に屋外で大量の大根を洗い、縄で吊るして干し、その後樽に仕込まれたおばあちゃんのたくあんはほんのり黄色のシワシワなフォルムで、程よく塩気と酸味があり、パリパリポリポリと歯応えもよく、味覚、嗅覚、触覚、視覚、聴覚と五感にしっかり記憶されています。

幼い頃からたくあん大好きな私は「たくあん娘」と呼ばれていたっけ。

冬はたくあんとニシン漬け。

おばあちゃんのお漬物はまさに絶品でした。

おばあちゃんのたくあんの味はやっぱり秋田のレシピを継承しているのだなぁと、しみじみ思ったものです。

味覚の記憶は私個人の記憶を超えて、DNAに刻まれているのかもしれません。


次回は戸籍の登場人物を見ていきたいと思います。

ファミリーヒストリーが少しずつ判明していきます。















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