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《アプサントを飲む人(カフェにて)》− エドガー・ドガ


”アブサント” 

という酒をご存知だろうか。
緑色をした薬用酒、「悪魔の酒」「緑の妖精」と呼ばれた酒である。

アブサントはニガヨモギを成分とし、もともとは健胃薬や駆虫薬として使われていた。
その後蒸留技術の向上とともに庶民に親しまれる酒となった。


アブサントは19世紀のパリで大流行。
多くの芸術家に愛され、影響を与えた。

今回はアブサントについて印象的な絵を残したエドガー・ドガについて。
エドガー・ドガ(1834-1917) はフランスの画家、彫刻家、版画家。

バレエを主題とした作品が多く、半数以上はバレエの作品である。
動きを表現するのを得意とし、バレエ作品では、瞬間の表情や動きを切り取った。
肖像画や心理的複雑さや物語を想起させる表現に長けていた。

当時流行したアブサントは度数の高い強い蒸留酒。
アブサントは安く手っ取り早く酔えるということで、芸術家の中でも大流行した。
しかし、安価なアブサントは質が悪く幻覚症状などにより社会問題になっていた。

《アプサントを飲む人(カフェにて)》
(L'absinthe (Dans un café)) 1876年

ドガのこの作品はパリの昼下がりのカフェを切り取った。

虚ろな目をした女性の前にはグラスに注がれたアブサント。
彼女はアブサントの酔いが回っているのだろか。
この世の不合理に憂いているのだろうか。
隣に座った男はこちら向かず人通りに目を向けている。

鏡に映った後ろ姿はまるで亡霊ように。
ここに存在しないかのような。
私はここにいるのだ、と強いアブサントだけが思い知らせてくれる。


アブサントの名前の由来は、成分のニガヨモギの学術名「アルテンシア・アブシューム:Artemisa absinthium」から名前がつけられたと言われている。
absinthium(ラテン語)は英語のabsenceの語源であり、
意味は「不在」、フランス語では「存在しない」だ。

アブサントによる中毒で身を滅ぼした芸術家は数知れない。
本作品は公開当時は 「不快極まりない下劣な絵」「胸が悪くなる不道徳な絵」という評価を受けた。


ドガはこの作品で、都会の人間関係の希薄さと孤独感を描いた。
上流階級の華やかなパリのイメージをとは反対に、下流階級の静寂感と憂鬱が色濃く出た作品だ。