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公立美術館が目指す「美しさ」とは

「吾輩堂」実店舗の世界が美しい!

2018年12月3日、福岡市美術館から徒歩5分の場所に、猫本専門書店「書肆 吾輩堂」の実店舗がオープンしました。2013年2月にネット書店としてオープンし、全国の猫好きの人々に愛された「吾輩堂」。早速、足を踏み入れてみました。

いやもう、すごいですよ。その完璧なまでの世界観に感動します。実に美しい!1階のフローリングの壁一面に猫関係の本が棚いっぱいに並べられ、中央には大きなテーブル。狭い階段を登った2階は畳の和室。猫関係の雑貨が並び、隅にはちゃぶ台(その後、寒さが増した今は、コタツに!)。しかも台の上にはご丁寧にミカンも。

その世界観に魅了され、いつまでもその場にいたい、実に居心地の良い空間として完成されています。

公立美術館は美しくない?!

そんな完成された美しい空間を羨ましく思いながら、果たして美術館はどうだろうかと考えます。

私立の美術館だと、例えば出資した実業家の世界観を体現した「美しい美術館」ができるかもしれませんが、公立の美術館の場合、1人の個人の思いを実現するためのものではないので、悲しいかな「美しい美術館」にはなり得ません。

公立の美術館の場合、住民は「お客様」であるだけでなく、「オーナー」でもあり(税金で運営されていますから)、美術館を運営する「パートナー」でもあります。 

住んでいる地域のルールを決めて実行するのは、本来、住民であり(住民主権)、行政機関はそれを効率よくするため住民に代わって実行しているに過ぎない。どこに誰が住んでいるのかを管理したり、困っている人を助けたり、子どもを教育したり、スポーツや文化活動をする場所を作ったり。これらのことを実行する権利は本来、住民にあって、行政機関は住民が自ら行ってもなお手が行き届かない部分を「補完」する…というのが、自治体運営で言うところの「パートナー」という考え方です。

そう考えるとですね、美術館で次にどんな展覧会をするのか、どんな美術品を購入するのか、どんな人を呼んで講演会をするのか、そもそも美術館にどんな役割を担ってもらうのか、さらには美術館にどれくらいの予算を充てるべきかなど、すべてはもともと住民に決める権利があり、できる限りは住民が自ら企画し、実行することが基本となりつつ、足りない部分を美術館職員が補完する、ということになります。

福岡市民は現在160万人。実にいろんな考え方の人、いろんな世界観を持った人がいます。そうなると、ひとつの「美しい世界観」を持つことは、ほとんど不可能でしょう。

「もがく美しさ」を求めて

一番簡単な道は、住民には「顧客」という役割に徹していただき、さらに「オーナー」とはいえ「物言わぬオーナー」になっていただき、その運営(つまり「世界観づくり」)は、美術館職員に白紙委任する、という道です。そうすると、福岡市美術館であれば館長を中心に20人の職員でそれなりの「世界観」を作り出すことができるかもしれません。

しかし、それは公立の美術館としては,いかがなものか、と思います。やはり、住民は「物言うオーナー」となり、「パートナー」として企画・運営に参画していただくのが、健全な公立美術館なのではないかと思うのですよ。

それは、険しく、困難な道です。できることなら「雑音」を排除して「自分の信じた道」を突き進んだ方が、カッコいいし、統一感がとれて「美しい」。

今の美術館の運営に何ら疑問を持たない、「今の美術館のコアファン」にとっては、(雑音に惑わされることなく)「信じた道」を突き進んだ方がいいのでしょう。が、一方では、「今の美術館に魅力を感じない人」(滅多に美術館を訪れない方)にとっては、「違う道」に変化して欲しい。つまり、ひとつの世界観を貫くことは困難です。

「コアファンの方々」の期待を裏切ることなく「信じた道」を守りつつも、「まだファンでない方」にも美術館に来てもらえるよう、右往左往しながら、もがき続けることになります。そんな「もがく姿」は、必ずしも美しくはないかもしれない。

そして、美術館職員だけで「もがく」のではなく、住民と一緒にもがきたい。「美術館がもっとこうなったらいいな」とか、「美術館でこんなことができるとおもしろいのにな」と思う人と「パートナー」となって、一緒にもがきたい。

統一された変わらぬ「美しい世界観」ではないけれど、それを嘆くことなく、右往左往し、混沌とした「もがく美しさ」こそが,公立美術館が目指すべき「美しさ」なのだろうと思います。

おまけ

そういえば福岡市美術館にはジャン・デュビュフェ《もがく》(1961年)という作品があります。顔と胴体が、いろいろな色でぐるぐると書きなぐり重ね塗りされていて、子どもの落書きのような作品です。苦しそうでもありますが、「生」の情熱も感じ、結構、お気に入りです。

公立美術館の「もがく美しさ」のひとつの視覚的イメージ、かもしれませんね。