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雨は吉笑を連れてくる

薄暗い部屋の中、うっすらと寝息が満ちているところに光が差し込む。
光の幅がぱっと大きくなると、寝息の元へあまり物音は立てないよう素早く近づく何か。目的の位置を確認したのか、何かの影は倒れ込むようにどさっと寝息の元に乗った。

「っぐ…ほかにおこしかたあっだろーよー…うあ”~」

丸めの山がまっすぐになって、ぼそぼそ、くぐもった声が上がる。
その声に謝ることもなく、上に載っているものは体を震わせて笑っているみたいで、くつくつ小さな笑い声がしている。

「にゃろ~…」

毛布の下からにゅっと出た手がわしゃっと乗っている相手の髪を崩した。思わぬ反撃だったのか、相手は「タンマタンマ」と制止の声を上げる。
とはいえ、慌てている中にも笑い声のような声音が混ざっていて、なんだかんだ楽しんでいるようだ。

「あー…で、どうしたの」
「さんぽいこっ」
「…えー…まじ?」
「雨上がりなのにいかないの?!」
「ひぃん、つよい…」
「弱いふりしてもだめー、はい、起きた起きたー」
「俺のふとーん」

どうしてそんなにテンションが高いのかと、答えは判っていても聞きたくなるくらいにはまだ眠気が強い。それでも容赦なく被っていた毛布を奪われ、抱き込まれてしまっている。カーテンで薄暗いものの、明るくなった部屋に目が慣れなくてしょぼつく。
とはいえ、少しして明るさに慣れた目は目の前に座る相手を捉える。巨大ぬいぐるみを抱えるようにがっしり毛布を抱えて満面の笑みを浮かべていた。

「行くでしょ?」
「ういっす、てやめやめやめ」

こくりと頷けば、構ってアピールの強い犬の顔を撫でるような動きで、ぐりぐりと顔を挟んでいじられる。制止の声は上げつつも、されるがままに顔いじりを受けた。

「んじゃ、玄関で待ってるからね、おきっち」
「はいはい」

ようやく解放された頬を労わりつつ、紺の薄いニットとジーンズを選んで着替えていく。

「さよ」
「いこいこ」

狭い玄関口を考慮してか先に出ているのに気づきながらも、確認の意味でドアを開けながら呼びかける。
ドアの前にある手すりにもたれかかっていた姿勢を直して、さよが先行して階段へ向かっていく。その後を歩きながら違和感を探る。
雨に濡れた空気はほんの少し肌を冷やすような心地。呼吸で体内に入ると気持ちよく感じた。

「おきっち、出てよかったでしょ?」
「そうかもね」
「素直じゃないなー、雨でチリが落ちてそこら中きらめいてんじゃん」
「あ、それだ」

したり顔で話し掛けたさよに肩をすくめて応えたが、風景の言及で違和感の正体に気づく。
全体的に辺りを明るくしている陽光が綺麗に届いていて、どの色も澄んでいる。雨に浸った道路も含めて。その時に、頭にある風景が過ぎった。

「さよ、藤のとこ行かない?」
「いいよ、俺も気になってたんだよね。したら、その先にあるパン屋にも行きたい」
「りょーかい。途中も撮っていい?」
「構わないよ、あとさ単純に行くんじゃなくてつつじ咲いてる道通ろ」
「さんせー」

スマホを取り出してカメラを起動して、途中でカメラがホーム画面に戻らないように設定しておく。
ほどなくして公園に着いて中へ向かう。向こう口につつじの生け垣があり、出てから右に曲がって5分くらいで藤の並木へ出られる。
公園自体は小規模でブランコ、ベンチがひとつ、多目的トイレが2個あるくらいの広さ。用水路の通り道でもあるようで、小さな水路も側に設けられている。

「水の音聞こえるとさ、なんかいいよね」
「そーなん」
「雨でもなく、海でもなくというか。この時期だと田植えに合わせて水が勢いよく流れる時期だったから、それも思い出すというか」

ちょっと距離を取ってピントを合わせるとボタンを押した。シャッター音が消えてから、さよは顔をおきっちに向ける。片眉を上げて、くいっと口角を上げていた。その表情に思わず、口から息が漏れる。
そうこうしているうちに向こう口に着く。一面に咲いていなくても、満開の少し手前くらいに、咲いている花の方が膨らんでいるつぼみよりも多かった。

「撮る?」
「うん。そのまま見てて」
「了解」

間髪入れずに希望を出すと、向きかけた姿勢を直してさよはつつじを見る。姿勢を保つために力をまた入れるわけでもなく、ごくごくいつも通りに。目や口元にも余計な力は入っていない。呼吸も続いている。

「さんきゅ、もう行こう」
「また撮るの早くなった?」
「それ言うなら、さよの体の取り方が上手くなったんだろ」
「そんなら良いけどね。お互いにやりやすいのが一番だし」

プレビューを表示させながら歩くところへさよが体を寄せた。連写一回、いつもの二回。即座に「ない」写真は消していくものの、どちらかが気に入ったか気になる写真はクラウドに入れる作業をしておく。

「選別も早くなったねえ」
「多分、慣れなんだろうな。感動は変わらずだけど」

共有フォルダを確認しているのか、さよもスマホを取り出していた。
おきっちは選別を済ませたので、またカメラに戻す。と、すぐにボタンを押した。

「おお、さっそく?というか、すごいね」
「へ?」
「いや、ちょうど「これいいな」って思ったつつじの写真のとこで落としたからさ」
「まじか」
「今撮ったの見してよ、かなり気になる」

そろそろと、気になるけど怖いものを見るような心地でプレビューされるまでの一瞬を待つ。
切り替わった画面には目を見開いて小さく口を開けているさよが映っていた。スマホを両手で操作していた名残か、画面を切り替えていただろう手は拳を作っている。映り込んでいる画面はぼんやりだが、どの写真かは判別できる程度には映っていた。

「よく撮れたね…」
「自分でもびっくり…」

思っているよりも「撮れた」写真に絶句ぎみになりながらも歩き続けていたおかげで藤の並木に着いていた。
メディアなどで取り上げられるほどにみっしりと咲いてはいないが、花見に差し支えない程度には咲いていた。
紫、白の波が大体交互にできていた。

「タイミングいいなあ」
「なんとなくそんな気はした」

無言で咲く藤を眺めた後、おきっちを見て言うさよに苦笑いともつかない声音で返す。なんとも形容し難い気持ちに駆られながら、一考して口を開く。

「つつじの根元で花を見てほしい。大体でいいから、レンズを花越しに見る感じでこっち向いてくれると助かる」
「おっけ、そいじゃ行くね」
「行ってら」

紫と白の波が触れ合う部分に向かって進むさよを確認して位置を移動する。
その前に、花房を避けながら歩く後ろ姿を一回連写しておく。
確認するのは後回しにせよ、連写の途中でさよの後ろ姿に花房が被る写真が撮れて胸が高鳴った。それに焦って息を吐いて落ち着ける。

花房が揺れ始めた。雨上がり独特の冷たさは薄れていて、家を出た時よりもはっきりとした陽光が風を初夏特有のものへ変えていく。

「おーい、おきっちー」
「おー。」

構える。肌を撫でる程度の風以外にも駆けていくような風も混ざってきた。手元が狂うほどではないにしても、風も撮りたくなってしまって悩みながら連写と単写を何回か繰り返す。単写だけ繰り返した時に強く感じたものがあっていったん構えた手の力を緩めて確認する。

花房がまばらに流れて、さよの姿に被りつつも輪郭を追える程度に重なっていて。さよは流れる藤を見ながら、両の掌を上にして笑っていた。ちょっと困ったように下がり眉になりかけている。

希望と違うものの、その表情が小さいながらに伝わってきて満足した。他の写真にはまっすぐにレンズを向いて、凛とした表情のさよもあって、それはそれで綺麗に取れている。
ただ、おきっちにとってはその写真が棚から牡丹餅かつ、かけがえのない写真のひとつになる。

「ほんとラッキーだ」

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