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【短期連載】『パヴァロッティとぼく』訳者のひとりごと・その4(最終回)──パヴァロッティのゆかりの地、ペーザロをたずねて(楢林麗子)

『パヴァロッティとぼく──アシスタント「ティノ」が語るマエストロ最後の日々』に何度も登場するペーザロ。アドリア海に面した、イタリア半島を脚にたとえるとふくらはぎのあたりにあるマルケ州の街である。音楽ファンには、毎夏ロッシーニ音楽祭・オペラ・フェスティヴァルが開かれることでよく知られている。長く続く海岸線は夏になると大勢の海水浴客でにぎわい、夜9時になっても明るい。店からは陽気な音楽が鳴り響き、音楽祭のオーケストラのメンバーも日中は家族や友人と海岸にくりだし、夜は演奏会に臨むという、イタリアならではのヴァカンスを楽しんでいる。
パヴァロッティの別荘は、海岸線が終わるあたりの小高い丘の上にあり、アドリア海の眺めをさえぎるものは何もない。明るいオレンジ色のパラソルが並ぶビーチからも目にすることができる。ヴィラ・ジュリアと呼ばれるその別荘は、母方の祖母の名前ジュリアから名づけられた。そこではときには30人もの来客がテーブルを囲み、故郷エミリア地方の料理(美食の地域として名高い)がふるまわれ、水よりも多くランブルスコ(エミリア地方名産の微発泡赤ワイン)が注がれると、『パヴァロッティとぼく』のなかで描写されている。

04|別荘

▲パラソルの向こうに白く見えるのがパヴァロッティの別荘。筆者撮影

小さな街なので、地元ではみなパヴァロッティの別荘のことを知っている。夏の終わりを告げる8月15日のフェッラゴスト(聖母被昇天の祝日)には、毎年別荘ではパーティが開かれ、そのフィナーレの花火を見るために、地元の人々やヴァカンス客も海岸に集まってきたという。

別荘の下の浜は「パヴァロッティの浜辺」(別名「歌声の浜辺」)と名づけられている。パヴァロッティが歌うと、浜辺までそれが聞こえてきたのだ。パヴァロッティはティノを伴い、人の少なくなる夕暮れどきにいくどもこの海岸を散歩した。

 ある日、マエストロはサンダルを履いて波打ち際を歩いていた。ぼくはといえば真新しい革のサンダルだったが、水に濡らさないようにするのは無理だった。それを見たパヴァロッティは、どうしても濡れてしまうサンダルを見て言った。『だいじょうぶだよ、チッチョ、あとでほしいサンダルを全部買ってあげるよ』(本文より)

本書では幼いころの郷愁をパヴァロッティから明かされた会話や、またこの浜辺で出会った、ある若いカップルとの心あたたまるエピソードも紹介されている。ぜひこの美しい景色を想像しながら読んでいただきたい。

04|パヴァロッティの浜辺

▲パヴァロッティの浜辺。筆者撮影

楢林麗子(ならばやし・れいこ)上智大学外国語学部フランス語学科卒。
「三大テノール」をきっかけにオペラに興味を持つ。イタリア・オペラのビデオやDVDを150本以上鑑賞。これまでに聴いたオペラやコンサートは、ミラノをはじめイタリア各地、ニューヨーク、パリなどの海外公演約30回、国内公演約90回。
好きな言葉は「Never too late(なにごとも遅すぎることはない)」。50歳からイタリア語を学び始め、E.ティノコ『パヴァロッティとぼく』が初の翻訳書となる。

パヴァロッティとぼく
アシスタント「ティノ」が語るマエストロ最後の日々

エドウィン・ティノコ[著]
楢林麗子[訳]
小畑恒夫[日本語版監修]
https://artespublishing.com/shop/books/86559-220-7/

定価:本体2500円[税別]
四六判・上製 | 312頁+カラー口絵16頁
発売日 : 2020年9月28日
ISBN978-4-86559-220-7 C1073
ジャンル : クラシック/オペラ/伝記
ブックデザイン:五味崇宏/カバー写真:Gerald Bruneau

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