“男”だけど“男扱い”しないで欲しい!

年も明けて2019年、22年目の人生、僕は一度も自分が“男”であることを疑ったことがない。
小さい頃から“男の子”として育てられ、大した違和感を覚えることもなく成長してきた。大学に入ってジェンダーについて学び、自分の性について見つめ直してみた時も、結局「自分は“男”だな〜」という性自認に落ち着いた。

だがちょっと待って欲しい。
ありとあらゆるところに存在する“男扱い“が心地悪い!

〈主な男性の規範〉
「男なんだからしっかりしないと」
「身長は?学歴は?彼女は?筋肉は?」
「男は性の主体」
「長男として〜」
「男の子はいっぱい食べるでしょう」
「体力ないとね」

……鬱陶しいことこの上ない。
些細なことかもしれないし、気にならない人も多いかもしれない。”男らしさ“の中には良い特徴もたくさんあると思う。思うのだけれど…。

わざわざ“男”を理由にして求めなくても良くない?と思う。

スポーツ経験豊富でたくましい女性も、頭が良くてバリバリ稼ぐ女性も、いっぱい食べる女性も、身長の高い女性も、
いや、女性だけでなくゲイもレズビアンもトランスジェンダーもバイセクシュアルもアセクシュアルもクエスチョニングも、
どんな性の人にとっても“男らしさ”で語られる性質は1つの特徴として決して悪いものではない。

それでもなお、“男”であることだけを理由に“男らしさ“を求める謎の勢力は根強い。

しかし、それは

・テレビで東大生に、圧倒的な知識量や口下手で恋愛に奥手な”東大生らしさ“を
   求めること。
・うつ病の人に、常に元気のない”うつ病らしさ“を求めること。
・寺田心くんに無邪気な“子どもらしさ”を求めること。
・動物園に行って、ゴリラに対して「ゴリラなんだからバナナ食べろよ」「ゴリ
   ラなんだから胸叩いてろよ」と“ゴリラらしさ”を求めること。

と同じではないか。

では、実際に”男扱い“にはどんなデメリットがあるのか。
例えば…

“男扱い”したくて仕方がないAさんは、世の中には“男”と“女”しか存在しないと信じて疑いません。同じ“男”に対しては、とにかく“男扱い”。
「君も“男”なんだからもっとシャキッとしなきゃ〜」言っている本人に悪気はない。何年もそれが常識だった人生を送っているのだから仕方がない。

このように、自分が“男”であり、相手も“男”であることを確認することで、安心感と連帯感を得ようとしているのではないか。
しかも、自分が求めていた”男らしさ“が相手にないと分かると、勝手にげんなりされる始末。

それに対してあまり“男らしさ”のないBさんは、 「自分は“男”なのに情けないやつだ…。」と自己肯定感もジェンダーアイデンティティも揺らいでいく。
「もっと稼げるようにならなきゃ」「もっとたくましくならなきゃ」「性に強く関心を持たなきゃ」「女性をリードしなきゃ」と負のスパイラルが始まる人は絶対にいるはず。

“男”でいるために、そこまで高いハードルを乗り越えなければいけないくらいなら僕は“男扱い”されなくても良い。

“男”であることに多くの規範があるのなら、世の中は「男ハラスメント」で溢れかえっていると思う。

このような“男扱い”も“女扱い”も、誰も幸せにはならない。
性別は人に求めるものではなく、自分で決めるものだと、自分の“男”というアイデンティティを考え直していて改めて思った。

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ジェンダーとセクシュアリティ

ジェンダーやセクシュアリティなど性にまつわる問題について考えたこと、調べてみなさんと共有したいことをまとめています。「うわ、自分の中にもこんな偏見が根付いていたんだ…!」と痛感するのは苦しいですが、それこそがこのテーマの大切なところだと思っています。
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