認知症になったおばあちゃんが教えてくれる、昭和のジェンダー

86歳になった僕のおばあちゃんは、数年前から物忘れが悪化し、ついに認知症と診断されてしまった。今までと同じように話すことができているので、つい認知症であることを忘れてしまうが。

それでも、火の使い方が危なくなったり、新しいことをなかなか覚えられなくなっていたりと、僕がおばあちゃんと過ごしてきた21年という時の長さを感じる場面が増えているのもまた事実だ。春の太陽のように優しい光と暖かさで包み込んでくれるおばあちゃんと、その光を浴びる芽が出たばかりの僕。「幼い孫」と「おばあちゃん」という構図は永遠に続くと思っていたので、自分が大人になっていることと、おばあちゃんが老いている現実がすんなりと受け止められず、喉に引っかかる。

おばあちゃんは老いると同時に、「少女」になっていると感じる時がある。新しい「自分」が更新されるのではなく、過去の「自分」に戻っていくように。僕の知らない時代の日本を見せてくれている感覚になる。そんな風に見ると、認知症もネガティブなだけではない。

おばあちゃんは小学生の頃に第二次世界大戦を経験している。勉学に秀でた兄を持ち、その兄を尊敬して立てながら生きていたようだ。当時の「女の子らしさ」を身につけながらも自由でハツラツとした青春時代を過ごしていたらしい。その後も、亭主関白だった夫(僕のおじいちゃん)を立て、その夫と早くに死別してしまうと2人の子ども(姉と弟)を抱えるシングルマザーとして激動の昭和を生き抜いた。特に僕の父は長男として厳しく躾けられたそうだ。

日本の伝統的な家父長制。性別役割分業。今よりもその意識がはるかに強い中でおばあちゃんは育ち、**それが「正しいこと」であると信じて生きてきたのだろう。 **

認知症になる前のおばあちゃんは、あまり家父長制的な家族観を押し付けるわけではなかった。むしろ情報通で、テレビや新聞を通して色々なことよく知っていたと思う。
ただ、僕や父に対してよく「長男」という言葉を使っていた。ご先祖さまを大切にするという気持ちが強く、年に4、5回はお墓参りに行っているのだが、そういった際に僕や父に「長男」として墓の管理を頼んでいた。そんなおばあちゃんの影響を受けて育ったので、血縁や過去と未来の家族を大切にしようという気持ちは人並み以上に持つようになった気がする。

僕や弟が家事を手伝ったりしているとおばあちゃんは褒めてくれた。おばあちゃんのお茶を持って行ったり、出来上がった料理を運んだり。
足が弱いので、手を繋いで歩くのをサポートしたりもした。大きくなった孫たちと久しぶりに手を繋げて嬉しそうだった。

それからしばらくして、おばあちゃんは認知症になった。

認知症が進むにつれて、出来なくなってしまったことが増えたので、父と母を中心に近くにあるおばあちゃんの家に行き、よく身の回りの世話をしている。僕も行ける時には同行している。

ある時、冷蔵庫やゴミ箱を整理しているとおばあちゃんはこう言った。
「長男はそんなことしてないで座ってなさい。」
どうやら僕が家事をするのはよろしくないらしい。

僕が母の代わりに冷やし中華を作って渡した時にも、
「長男に作ってもらうなんて悪いねぇ。」と呟いた。

こんな風に、家事に手を出すと僕は何もせず、母に任せるように言われる。
家事は女のやることだ“という典型的なステレオタイプが、「少女」になったおばあちゃんに表面化している。

僕はジェンダーを学んでから、心のどこかで、「昔の常識は間違っていたんだから、正していかなければならない」と考えていたのかもしれない。しかし、「少女」に戻っていくおばあちゃんを見ていて「正そう」なんて思いには至らなかった。「間違っている」とも思えなかった。ただ漠然と、「常識が違うだけ」なのだ。

母も、おばあちゃんの中の「常識」を尊重していて、反対したり訂正したりすることはない。

おばあちゃんには何も悪気はなく、それが「正義」であると信じているからだ。そして彼女の中の家族観に従って、息子やその嫁、孫たちと笑い合いたいだけだからだ。

彼女はおてんばで、無垢で、なおかつよく冗談を言ってはけらけらと笑っている。
大切なのは、それぞれの時代の常識を尊重しつつ、共存することなのかもしれない。

「今は男の子が家事をできると、かっこいいんだよ。」
弟がおばあちゃんに言ったこの言葉が、時代を優しい糸で繋ぐだろう。

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