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町田市立国際版画美術館 「こどものための鑑賞会」ルポ

町田市立国際版画美術館さんと、8月19日(土)に「こどものための鑑賞会」を開催しました。

今回鑑賞したのは、「 版画家たちの世界旅行 ー 古代エジプトから近未来都市まで ー」。
作品でめぐる「ワールドツアー」といった様相の展覧会です。

町田版画美さんはコロナ前からお世話になっています。
今回の展覧会担当学芸員の高野詩織さんは、コロナ禍の2021年、オンライン鑑賞会でご一緒していただいて、その時は「解説動画」も制作しました。
2人並んでマスク姿で画面に収まって、作品画像を見ながらお話するのは、なんとも楽しいお仕事でした。

(どの作品を紹介するかの打ち合わせのみで、あとはシナリオなしでどんどん解説するという勢いのある動画となっております。よかったらご覧ください)
Vol.1 ブリューゲル(父)、ルーベンス、レンブラント https://www.youtube.com/watch?v=_oVWyJkXFcs
Vol.2 ロラン、ターナー、他  
https://www.youtube.com/watch?v=PTDZzMAZg-0
Vol.3「エジプト誌」、眼鏡絵、ピサロ、他 
https://www.youtube.com/watch?v=9tSsjH4QlqM

そんなわけで高野さんはじめ美術館の皆様とは周知の間柄で、役割分担もスイスイ。目配りしてくださる安心感も大きく、私は思う存分、子どもとご家族へ意識を集中することができる、なんともありがたい状況です。

鑑賞会は、展示内容とレイアウトに応じて、展示室をどのようにめぐるか検討するのですが、特に展示作品数が多い時は、どこを重点的に鑑賞するか強弱を考えて臨みます。

「できるだけ子どもたち1人1人の個性や興味に応じた鑑賞会にしたい」。
そう思って、あれこれ工夫。それがまた楽しい。

町田版画美さんは、1回の展示数がとても多い。そして版画なので、細かく見たいところですが、そうすると日が暮れてしまいます! ですので少し絞って鑑賞します。

今回は「世界旅行」と銘打っている展覧会なので、事前に子どもたちに「行ってみたい国・好きな国」をメールで寄せてもらいました。
そして当日、開始まで待っている子どもたちに、ちょちょっと近づいて「なぜその国を選んだか」尋ねました。ゆる~くコミュニケーション。

なにより『「あなたが興味を持っていることを教えてほしい」という大人がいるんだ!』と子どもたちが思ってくれたら、もうそれだけで鑑賞会は素敵なものになるはずなんです。(と勝手に思っています)

聞いてみると、その子それぞれの世界が見えてきました。

「エジプト」を挙げた5年生は、「砂漠は細かく砕けた石英でできている砂だから、行ってみたい」と! 
「石英」なんて言葉が出てきたので、なぜ岩石に興味を持ったか尋ねると、詳しいお友達の影響とのこと。友達と影響しあって世界が広がるって、いいですよね~

「スパゲッティとか食べ物がおいしいから。おしゃれっぽいから」とイタリアを挙げた1年生。
「習っている英語の先生が来た国だから」とオーストラリアを挙げた3年生。
「お友だちが来た国だから」とインドネシアを挙げた2年生。などなど。

みんな、いろんな理由ですね。

他の子の話を聞くと、「それぞれの思いがあっていいんだ」という当たり前のことがわかる。
そして、選んだ理由が、とても子どもらしかったので、背伸びしなくていいんだと、子どもたちの間に安心感が広がります。
「語る」ことのハードルが下がって、みんなの表情が柔らかくなりました。

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展示室では、最初に展示されていたブリューゲルの作品から鑑賞。
『大風景』より『改悛のマグダラのマリア』(1555-56)。

「こまかくてすごい」
「人がいない」
「動物がいる」
「人がいた!」
「川のような流れがある」
「山の上の方に目指すところがある」
「山がゴツゴツしている」

ブリューゲルは、当時、世界中の芸術家が憧れていたイタリアに、はるばる行ったのだそうです。

「飛行機とかない昔だからね~ 大変だったと思うよ」と話すと、皆、うんうんとうなずいていました。

この作品は、イタリアのピレネー山脈とブリューゲルが住んでいた北方ベルギーあたりの風景が一枚に描かれている、と高野さんがお話ししてくださいました。

そうなんです、なぜこの作品を観てもらったかの理由の1つは、「実際の風景のように見えるけれども、そうではない表現」があることを知ってもらうこと。

そして「500年以上も前の作品を今、みんなが目にすることができる」、悠久の時を経て、今ここに作品が存在している、奇跡のような現実は、歴代の人々の思いとつながりの結果だということを伝えたい。

「平面」である紙に、かなりの「奥行き」が表現されていること。
描いたのではなく「掘って」表現されてることなど、技術的な面も着目してもらいたい。

この時代は「描く人」「彫る人」が分担して協力していたよと、版画の歴史にも触れてほしい。

ルーベンス、ロラン、ピラネージ…「イタリアを目指す旅」と題された第1章は、密度と圧倒的な技術力、インパクトのある作品が目白押しでした。

そんな中、打ち合わせ時に高野さんから「インクの乗せ方で微妙な色合いを表現しているんですよ」とお聞きして、「これは知ってもらいたい!」とご案内することにした、ホイッスラー『ヴェニス 12点のエッチング集(ファースト・ヴェニス・セット)より』の前へ。

「シンプル」
そこまで観てきた細密な表現との違いに、子どもも大人も、戸惑い気味。

「もしお子さんが、こんなに余白のある作品を描いたら、もっと描きなさいと言うかもしれないくらい、余白がありますよね」とお話ししたところ、「うんうん」と笑みが広がります。

これは単なる余白ではなく、インクの微妙な色合いで水や空気を表現している。
線で描かない部分にインクの拭き取り方で陰影を出している、そのような表現も版画の魅力であることが伝わった作品でした。

第2章:「オリエント」をめぐる旅
第3章:「絵になる風景」を発見する旅
第4章:都市に集う芸術家の旅
第5章:現代の「旅する芸術家」

と、版画作品を通して、世界各地と歴史を辿る展覧会です。

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今回は、終盤に「興味を持った作品をデッサンする」ミニワークを入れました。

砂漠について語った5年生は、『エジプト誌』の『ロゼッタで発見された石(上部 ヒエログリフ)』を模写。

5年生『エジプト誌』の『ロゼッタで発見された石(上部 ヒエログリフ)』を模写


『エジプト誌』はナポレオンが研究者など総勢百数十名を連れて遠征、調査をまとめた書物です。
膨大で、流麗な版画印刷。風景や図面のようなページなど多彩な構成です。

模写した石板の絵は、出土したそのままでしょうか、四角ではなく欠けたフォルムです。
その子は、ヒエログリフに興味があるのかと思いきや、石板の欠けたフォルムに興味があり、時間をかけて、陰影を丁寧に描いていました。考えを言葉にする力も発揮していました。

彼は今、博物学的な観点を持っているんだなぁ。中学高校、大人になるにつれて、どんな知的冒険をするんだろう。とても楽しみに思いました。

ハワイを挙げた子がちが3人と人気で、「行ったことがあるのかしら?」と高野さんと2人で話していたのですが、挙げた子たちは「行ってみたい」「海を見てみたい」「楽しそうだから」とのこと。

展示にハワイにちなんだ作品はなく、高野さんより、タヒチを描いたゴーガンの『ノア・ノア』のシリーズ(1893-94/1921刊)があると教えていただきました。(展示の通りゴーガンと表記します)

高野さんから、このシリーズでゴーガンは釘やヤスリなどを使って彫り方をたくさん工夫していることも教えていただき、皆、食い入るように見つめていました。

1年生 ゴーガン『宇宙創造』を模写

『ノア・ノア』を模写したのは、イタリアに興味を持っていた1年生。
今回のイタリアに関する作品は、遺跡や風景が中心で、食やファッションなど彼女のイタリア感とちょっと違っていたかと思われます。1年生ですし!

その子はゴーガンの『宇宙創造』という作品を観て、
「ゆうれいが、いる。」
と。
人の形のような、たゆたう「何か」を描いていました。

南国の、ある種のエナジーを、ゴーガンも表現していたでしょうし、それを1年生の今、その子ならではの感性でキャッチしたのだなぁと思います。

ハワイに興味を持った子たちは『エジプト誌』を模写していました。ナポレオン号令のプロジェクト。科学芸術委員会(編)(1809-28刊)。

2年生の子は『テーベ、ルクソール 神殿西側のオベリスクの3面の細部(古代編)』を模写。
「うしろから見るとちゃいろくて、まえからみるとこまかいじがみえるから、おもしろいと思ったからです」と書いてくれています。

2年生『テーベ、ルクソール 神殿西側のオベリスクの3面の細部(古代編)』を模写
5年生『扉絵:エジプト一望、アレクサンドリアからフィラエまで(古代編)』を模写

『扉絵:エジプト一望、アレクサンドリアからフィラエまで(古代編)』を模写した5年生の子は、遠近感に苦戦して「これじゃないのを描こうかな」と折れそうに。そこでやめてはもったいないところまで描いていたので「もうちょっと描いてみようよ」と、少し付き添って描き方をガイドしました。

無理だと思った時に、助言を得たり、そばで付き添ってもらえると、無理じゃなくなる。
子ども時代に、そんな経験をいくつか重ねると、困難さを乗り越える自信がつくかな、そうだといいなと思って関わっています。

『エジプト誌』は今回、模写する子が多かったです。
小学生は、リアルで驚きのある表現に心惹かれる傾向もあり、展示されていた作品が、美術的な要素、博物学的な様子など、多彩だったことも、子どもたちが思い思いに選びたくなった要素かと思います。

2年生『テーベ メムノン 西神殿の彩色された室内の景観(古代編)』

エジプトに興味がある2年生は、神殿の模様と神殿にいる人物を、陰影をつけながら描いていました。『テーベ メムノン 西神殿の彩色された室内の景観(古代編)』

1年生 モンドリアン『ブロードウェイ・ブギウギ』を模写

モンドリアン『ブロードウェイ・ブギウギ』へ、一目散に模写に行った1年生。
お父さんが「親の知らない絵を子どもが知っていたので驚きました」とコメントしてくださいました。
「『びじゅチューン!』で見たのかな?」と聞くと「そう」とのこと。『びじゅチューン!』偉大ですね!

3年生 シュマイサー『エアーズロック(ウルル)』を模写

 オーストラリアに行ってみたい3年生は『エアーズロック(ウルル)』を描きました。シュマイサー(1980)。
なんと全体と部分を描いていましたよ。鑑賞の着眼点としても素晴らしい!

「アップ」と書いて、望遠鏡のように丸いフチをつけて拡大して描いていました

この作品では、赤色の多彩さを、皆、確認していました。
いつ頃の時間だと、このように赤く見えるのか、実際に行ってみたいですね。

1年生 KWON.Hey Jeong『Monologue』を模写

現代作家さんの作品を模写した1年生。KWON,Hye-Jeong『Monologue』。
絶妙なタッチで微笑ましい!
お母さんのコメントもありがたいです。
「絵の鑑賞方法から始まり、自分の手で作品を模写して表現したり、沢山の視点で版画を楽しむことができました。子どもも積極的に参加でき、楽しそうな表情が印象的でした

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コロナ禍以後、久しぶりに鑑賞サポーターとして参加されましたMさんからご感想が届きました。

「乳幼児の鑑賞会と違い、ほぼ、する事が無いような。(見守る)サポートでした。鑑賞マナーにハラハラすることもなく、戸惑うママさんのサポートもありません。」

Mさんは女子美術大学同窓会神奈川支部の会員さんです。
同支部の皆様は、長年、赤ちゃん鑑賞会のサポーター活動にご協力くださっています。
講習会を聴いてくださって現場を重ね、いつも臨機応変にサポートしてくださって、本当にありがたいです。

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ご参加くださった皆様、職員の皆様、ありがとうございます!
エピソードを全てご紹介できず失礼いたします。

これからも、お子さんたちとご家族で、いろんな美術館や博物館に行ってみてくださいね。

町田市立国際版画美術館「版画家たちの世界旅行 ー 古代エジプトから近未来都市まで ー」は、9月24日(日)まで開催中です。
http://hanga-museum.jp

(この記事は担当学芸員さんに確認いただいて掲載しております)


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