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Q32 建築物の番組利用 

エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 テレビの旅番組のロケで、旅人となるタレントが訪れる町のシンボルや背景として、著名な電波塔や寺社などを敷地外(公道上)から撮影したいと思っている。このような場合に、許諾を得たり、金銭等を支払う必要があるか。現在は使用されていない、いわゆる廃墟の場合はどうか。

Point

① 建築の著作物の利用
② 物のパブリシティ権との関係
③ 実務上の処理
④ 廃墟の場合


Answer

1.建築の著作物の利用

 著作権法上、建築物も著作物となることがある(著作権法10条1項5号)。もっとも、あらゆる建築物が当然に著作物とされるわけではなく、美術性のあるものに限られる(中山信弘『著作権法〔第3版〕』」102頁以下)。何をもって美術性があるとするかは困難な問題であるが、神社、仏閣や城郭等の著名な建築物であれば、著作物性が認められる場合は通常の建築物に比して相対的に高いとはいえよう(ただし、建築年が古いものの場合は、著作権が観念できたとしても保護期間が満了している可能性がある)。
 著作物とされる建築物の場合であっても、建築の著作物については、他の著作物と異なり、「建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合」を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができるとされている(著作権法46条2号)。
 したがって、著作物に該当する建築物であっても、公道上からこれを撮影してテレビ番組で放送することは著作権侵害とならない。なお、後記の廃墟の場合も同様だが、撮影に際して道路使用許可等が必要な場合があることや、当該建築物の敷地内に立ち入ったり、他の私有地に立ち入ったりする場合に、それぞれの所有者や管理者の許可が必要なことはもちろんである。
 また、建築物そのものを撮影するのではなく、その建築物が被写体となった写真を撮影(接写)する場合や、その建築物の設計図や完成イメージ図を撮影(接写)する場合は、別途その写真や設計図、イメージ図の著作権を考慮し、許諾の可否を検討することが必要である。

2.物のパブリシティ権との関係

 建築の著作物の著作権との関係では問題がないとしても、著名な建築物の場合、そのネームバリューや被写体としての価値を考えると、無制限に利用を認めることは適切でなく、何らかの権利侵害を観念する余地があるとはいえないだろうか。これは、物のパブリシティ権(Q31参照)に関連する問題であるといえる。
 物のパブリシティ権が成立しうるとするならば、どのような場合に権利が働くのかを検討する必要がある。物ではなく、人のパブリシティ権に関してはいわゆるピンク・レディー事件最高裁判決(最判平成24・2・2民集66巻2号89頁)が、①人の肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、③肖像等を商品等の広告として使用するなど、もっぱら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合にパブリシティ権侵害が成立し得ると判示している(この事案での侵害は否定)。
 物のパブリシティ権の場合に上記判示と同様に考えてよいかは未解明ではあるが、上記①ないし③の要素は物の場合にも該当し得るものであり、参考になると考える。
 そのように考えると、本問のようなテレビ番組の撮影の場合は、通常は、その町を紹介する場面で、街並みの中にその建築物があるカットなど、番組中の特定のシーンに、多くても数カット程度が使用されるにとどまり、上記①ないし③に該当するようなケースは少ないものと思われ、結論としては本問のような場合に物のパブリシティ権侵害が成立する可能性は少ないと思われる(「もっぱら顧客吸引力の利用を目的とする」とされるような態様の撮影があるとすれば、たとえば、風水害で破損した著名建築物の修復過程に関するドキュメンタリーのように、関係者への取材が必要で、敷地内や建物内部への立入りを伴うために、明示的にせよ黙示的にせよ、撮影に対しても、建築物の所有者・管理者の許諾があるとされるケースがほとんどであろう)。
 ところで、本問を離れて、物のパブリシティ権侵害が観念されるようなケースの場合を考えると、前記1で述べた、建築の著作物の利用が幅広く認められていることとの関係をどう考えるかという問題がある。上記のとおり、建築の著作物は、「建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合」を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができるとされている(著作権法46条2号)。そうすると、著作権の観点からは許諾が不要であるのに、パブリシティ権の観点からは許諾が必要であるという状況が存在し得ることになるが、これは不合理にも思える。
 しかし、明確に根拠となる法令はないものの、パブリシティ権は上記のように顧客吸引力に着目した権利であり、著作権とは性質・目的が完全に一致するわけではない。そう考えると、著作権法上は自由利用が可能であってもなおパブリシティ権侵害が成立する場合があるとしても、それは両者が異なる制度であることからの、論理上やむを得ない帰結と考えざるを得ないように思われる。いずれにしても、物のパブリシティ権自体が確立した権利とはいえない現状では、この点については今後の解明を待ちたい。

3.実務上の処理

 以上のとおり、本問において著作権等の権利侵害が問題になることは少ないと考えられるが、実際には、建築物の所有者や管理者との間でさまざまな名目で金銭のやりとりがなされることもあるようである。これまで述べてきたことからすれば、このような支払いは不要という結論になるが、実際には、撮影だけでなく、その前提となる取材に必要となる情報や資料の提供への協力の対価であるとも考えられ、そのような趣旨であれば、一概に金銭のやりとりを否定する必要まではないように思われる。

4.廃墟の場合

 撮影対象が、現在は使用されなくなって荒廃した「廃墟」である場合はどのように考えればよいか。上記のように、著作物性が認められる建築物はごく一部であるから、多くの廃墟は著作物でないと考えられる。
 また、著作物とされる建築についても、すでに述べたように、著作権法上、自由利用の原則が規定されているため、本問のような利用の場合は許諾不要である。
 ところで、廃墟の著作物性に関してはどのように考えるべきであろうか。廃墟と化す前の建物が著作物に該当する場合、使用されなくなったからといって、そのこと自体で著作物性が失われるとは考えにくい。ただ、著作物とされる建築であっても、荒廃によって、建築の著作物性を基礎づけていた装飾やデザイン等の特徴が失われ、著作物性を喪失することは考えられるので、通常の建築物と比して、著作物性が認められる範囲が相対的に狭くなるということはいえるかもしれない。
 反対に、もともとはありふれた建物であっても、荒廃によって、新たに美的要素が付加されるということもあり得なくはないが、荒廃は、時の経過によるものであり、当該建築物の創作者(著作者)の意図したものではないから、通常は著作者の個性が発揮されているとはいいがたい。したがって、荒廃により美的要素が付加されたとしても、新たな著作物が生まれるとは考えにくい。

執筆者:上村 剛


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