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Q31 物のパブリシティ権

エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 物のパブリシティ権は認められるか。

Point

① 物のパブリシティ権の歴史
② 人のパブリシティ権
③ ピンク・レディー事件最高裁判決


Answer

1.物のパブリシティ権の歴史

 著作物でない他人の所有物の映像・写真・名称を利用しても、人の氏名・肖像と異なり、契約違反になる場合や名誉毀損になる場合等を除いて本来、法的問題は生じないはずである。最高裁判所も著作権消滅後の美術作品の複製について、所有権に基づく差止請求等がなされた事案において、「著作権の消滅後に第三者が有体物としての美術の著作物の原作品に対する排他的支配権能をおかすことなく原作品の著作物の面を利用したとしても、右行為は、原作品の所有権を侵害するものではないというべきである」と判示する(最判昭和59・1・20判時1107号127頁)。そして、上記の最高裁判決は、「博物館や美術館において、著作権が現存しない著作物の原作品の観覧や写真撮影について料金を徴収し、あるいは、写真撮影をするのに許可を要するとしているのは、原作品の有体物の面に対する所有権に縁由すると解すべきであるから、右の料金徴収等の事実は、所有権が無体物の面を支配する機能までも含む根拠とはいえない」と判示している。
 ところが、上記の最高裁判決の後、下級審判決の中に物のパブリシティ権的なものを認めた判決が現れた。ホテル所有のクルーザーの写真が無断で宣伝広告用に使用された事案において、「本件クルーザーの所有者として、同艇の写真等が第三者によって無断でその宣伝広告等に使用されることがない権利を有していることは明らかである」と判示した神戸地伊丹支判平成3・11・28判時1412号136頁や「長尾鶏を写真にとったうえ絵葉書等に複製して他に販売することは長尾鶏所有者の権利範囲内に属する」とした高知地判昭和59・10・29判タ559号291頁である。ただし、前記の物のパブリシティ権を認めたかのような下級審判決においても、結論において財産権侵害を理由とする損害賠償責任は認めていなかった。
 そして、物のパブリシティ権を正面から認めるギャロップレーサー事件(名古屋地判平成12・1・19判タ1070号233頁)が現れた。事案は、競走馬の名称をゲームソフトに使用したことについて、馬主がゲームソフトメーカーを訴えたものである。この判決は、「物の名称等がもつパブリシティの価値はその物の名声、社会的評価、知名度等から派生するものということができるからその物の所有者に帰属する財産的な利益ないし権利として保護すべきである」として物のパブリシティ価値の保護を認めた。そして、この判決は、上記の最高裁判決(最判昭和59・1・20)を引用して所有権は有体物をその客体とする権利であるから、パブリシティ価値のような無体物を権利の内容として含むものではないとして、パブリシティ価値は所有権とは別個の性質を有する権利であると判示し、G1レースに出走したことがある競走馬については顧客吸引力があるとして、G1レースに出走したことがある競走馬の名称をゲームソフトに使用したことについて損害賠償を認めた。そして、この事件の控訴審である名古屋高判平成13・3・8判タ1071号294頁も、パブリシティ権の対象をG1レースに優勝したことがある競走馬の名称に限定したが、第1審の判断を是認した。
 一方、ダービースタリオン事件(東京地判平成13・8・27判時1758号3頁)は、「排他的権利を認めるためには、実定法上の根拠(人格権など明文がないものを含む。)が必要であるが、原告らが主張する『物の経済的価値を排他的に支配する権利』を従来から排他的権利として認められている所有権や人格権の作用を拡張的に理解することによって、根拠付けることは到底できない」「排他的権利を認めるためには、実定法の根拠が必要であるが、知的財産権制度を設けた現行法全体の制度趣旨に照らし、知的財産権法の保護が及ばない範囲については、排他的権利の存在を認めることはできない。また、『物の経済的価値を排他的に支配する』利益を尊重する社会的慣行が長い間続くことによって、これが慣習法にまで高められれば、明文上の根拠がなくとも、排他的権利の存在が認められるとの見解に立ったとしても、原告らが主張する排他的権利を肯定することは到底できない」との理由を述べて、「物の顧客吸引力などの経済的価値を排他的に支配する財産的権利」の存在を肯定することはできないと判示した。また、控訴審である東京高判平成14・9・12判時1809号140頁は、「著名人のパブリシティ権は、もともと人格権に根ざすものと解すべきであるから、競走馬という物について、人格権に根ざすものとしての、氏名権、肖像権ないしはパブリシティ権を認めることができないことは明らかである」「単に本件各競走馬の馬名・形態が顧客吸引力を有するという理由だけで、本件各競走馬の馬名・形態等について、その経済的利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利であるパブリシティ権を有していると認め得る実定法上の根拠はなく」と判示して、物のパブリシティ権を明確に否定した。このように東京高等裁判所と名古屋高等裁判所が正反対のことを述べ、判断が分かれていたが、ギャロップレーサー事件最高裁判決は、「競走馬の名称等が顧客吸引力を有するとしても、物の無体物としての面の利用の一態様である競走馬の名称等の使用につき、法令等の根拠もなく競走馬の所有者に対し排他的な使用権等を認めることは相当ではなく、また、競走馬の名称等の無断利用行為に関する不法行為の成否については、違法とされる行為の範囲、態様等が法令等により明確になっているとはいえない現時点において、これを肯定することはできないものというべきである」と判示し、物のパブリシティ権が認められないことを明言した(最判平成16・2・13民集58巻2号311頁)。

2.人のパブリシティ権

 人のパブリシティ権についてもマーク・レスター事件(東京地判昭和51・6・29判時817号23頁)で初めて認められ、おニャン子クラブ事件(東京高判平成3・9・26判時1400号3頁)で高裁レベルで認められる等、下級審判決においては、認められていたが、明文の規定はなく、最高裁判決も存在しなかったため、不安定な状態であった。
 しかし、ピンク・レディー事件(最判平成24・2・2民集66巻2号89頁)において、最高裁判所がパブリシティ権を肯定するに至った。この事件においては、ピンク・レディーの振り付けを利用したダイエット法を紹介する記事にピンク・レディーの写真を使用(3頁にわたる記事の中に14枚の白黒の写真を使用)したことについて、損害賠償請求がなされた。
 最高裁判所は、「人の氏名、肖像等は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有すると解される。そして、肖像等は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パブリシティ権」という。)は、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる」と述べ、パブリシティ権があることを認めた。
 そして、パブリシティ権を侵害する行為として、①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、③肖像等を商品等の広告として使用するなど、もっぱら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合であると判断した。ただし、この事件においては、パブリシティ権の侵害は否定された。

3.ピンク・レディー事件最高裁判決後の物のパブリシティ権

 前述のとおり、物のパブリシティ権については、最高裁判決が明確に否定し、決着がついたと一般に考えられているが、はたしてそうであろうか。
 ピンク・レディー事件最高裁判決までは、人のパブリシティ権の効力については、下級審判決において認められた事例から、広告利用と商品化に及ぶことは明らかであったが、どのような範囲で認められるかが不明確であった。しかるところ、ピンク・レディー事件最高裁判決においては、鑑賞、商品化、広告の3類型においてパブリシティ権侵害が認められることが明確となった。
 物のパブリシティ権を否定したギャロップレーサー事件最高裁判決の事案は、競走馬の名称をゲームソフトに使用したものであるが、ゲームをプレイする中でゲーム中に実在の馬が登場するというものであり、ピンク・レディー事件最高裁判決のいう商品化、つまり「商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し」とは、異なるものであった。
 ギャロップレーサー事件最高裁判決の調査官解説においても、「一般論としては、侵害対象が法律上の権利といえるほどに具体的・定型的なものでなくても、侵害行為の反社会性の程度等との相関関係によっては不法行為が成立する余地がないとはいえない」とされている(瀬戸口壯夫「判解」最判解民〔平成16年度〕117頁)。そして、同解説においては、競走馬名称の顧客吸引力を利用して商品化等の格別の営業活動を行っていなかったこと、ゲームソフト自体に固有の顧客吸引力が認められ、個々の馬の顧客吸引力の利用は非常に稀薄であり、この事件においては、不法行為の成立も認める余地はない旨が述べられている。確かに、ギャロップレーサー事件の事案は、顧客吸引力を不当に利用しているとはいいがたい事案であったと思われる。
 この最高裁調査官解説も参考にすれば、物のパブリシティ権そのものは認められなくとも、ピンク・レディー事件最高裁判決の示したパブリシティ権侵害の3類型、すなわち、鑑賞、商品化、広告利用に該当するものであれば、物の顧客吸引力を不当に利用したといえ、不法行為が成立する場合はありうると考えられる。

執筆者:横山経通


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