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瞑想のこと

3月の春分から瞑想を始めました。古代中国で考案された暦のような区分手法、二十四節気にグループで行う瞑想会と、基本一人で座る毎日の瞑想の2つ。

自分は大丈夫だと思っていても、気がついたらすごく遠くに流されていた…みたいなことは、この状況下において、また、これから来るであろう(もう来てる)新しい時代にはどうしても起きてしまうもの。

実際、こないだまでは全然平気だったのに、意識していなくとも色んな情報を目や耳にして、知らず知らずのうちに漠然とした不安に囚われている自分に気づくこともあり。

自分が今乗っている流れや空気感を分かりつつ、たとえ流されていたとしても、遠くまでは行ってしまわないように。また、何が起きても自分の力で戻って来られるように、と生活に瞑想を取り入れ始めました。

瞑想って難しくて、ハードルが高いと思ってい

やって良いことしかない、とみんなは言うけれど、私にはものすごくハードルが高そうで、あわせて特殊な感じがしてて…思考をやめる?やめようとしてる時点でもう考えちゃってて無理じゃね?とか、宇宙との繋がりを感じて、魂を解放したりするんやろ?とか、(そういう類いのもきっとありますね)やらない理由をつけては、遠ざけていたように思います。

瞑想を上手に使っていく

毎日の瞑想を始めるきっかけとなった二十四節気瞑想会は、なんというか、とても実用的な感じなのです。

1年を24分割したのが二十四節気、さらに3等分したのが七十二候で、それぞれに美しい名前がついている。細やかに移ろう季節を感じながら、自分の15日間はどうだったか?決めたことをやれたか?自分なりの起承転結を見つけ出し、次の新しい節気に活かす。

瞑想は、なるべくからだを動かさないで、ただ座る。湧いてくる雑念さえも無理に遠ざけようとしないで、そっと呼吸に意識を向ける。
座っている時くらい、自分を監視・管理しない。と決めてやっていると、ふとした瞬間、圧倒的な静寂を体感することがある。
自分の中にこんな静かな場所があるなんて。

瞑想のタイミングと場所

私は夜眠る前、リビングで座ります。色々な方法があるみたいですが、私は足を組まない半安座で、右足が体側にいつもくることを決まりごとにしています。

なるべく同じ場所で、同じ格好(服装も含め)で、同じ環境(照明や使うもの、タオルケットとか、ショールとか)で、同じ時間にやるのがポイントみたい。

最初は、とにかく色々考えてはいけない!真っ白にしなければ!と余計考えてしまったり、なんか体がかゆいような!とか、足が痺れる!とか、いろいろ忙しかった。顔にギュっと力が入ってしまって、終わって目を開けるとすごく怖い顔をしてたり。

でも、1ヶ月くらいで体が慣れてくれて、徐々に場が整ってきます。

瞑想を始めて感じている効果

・寝入りが抜群に良くなった(これは間違いなく)
 確実にのび太に近づいています。

・脳がキャッシュクリアされる(感じがする)
 ヘッドスパを受けたあとみたいなスッキリ感があります。

・集中力が上がった(気がする)
 多分…たまにゾーンに入れます。せっかく焼いたケーキをうっかり焦がしたりします。

ほんとに、良いことしかなかった。
毎日の終わりに、自分の中にある静かなほとりのような場所に行けることは、何ものにも代え難い喜びです。

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