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旅立つそのときは

私が訪問看護師として働き始めて
まだ間もない頃のお話です。

私たちが担当する利用者さんは
小さな赤ちゃんから
高齢の方までと幅広い。

その中で
多く目に入るのが

喧嘩の絶えない、高齢のご夫婦。




『二人暮らしの高齢者夫婦。
妻が精神科に通っていて、
薬を飲み過ぎてしまうことがある。
妻の服薬管理に訪問してほしい。』

このような内容の依頼が
ケアマネージャーからきました。

私は、このご夫婦を担当することになりました。


夫は亭主関白な感じで
妻は無表情。

夫がいるとき妻は
ほとんど声を出すことは
ありませんでした。


夫が不在のとき
妻は私に、
しきりに訴えます。

「お父さんが浮気してるの」

「ここに女を連れ込んでるのを見たのよ」

「殴られて、警察を呼んだの」

それがいつのことなのか、
本当のことなのかは分かりません。

妻は幻覚や幻聴を訴えることもあり
すでに認知症もありました。


事実なのか幻覚なのかは
私には分かりませんが

夫に対する怒りと恨みが
妻の中にずっとくすぶっていて

燃え上がることも
消すこともできずに
留まり続けているのを感じていました。

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我慢して、我慢して
安定剤を飲んで

60歳になっても

70歳になっても

80歳になっても…。



どこまで利用者さまの人生に踏み込むか。


夫婦の問題は、夫婦が決めること。

話を傾聴して
情報を提供したりは出来ても

考えて決めるのは本人と家族。


夫婦の距離を置くことも提案しましたが
デイサービスなどの利用も拒否。

「お父さんに怒鳴られたら、
頭が痛くなるの。
それで寝込んだら、
何寝てるんだ!って言われるの……。」

頭を抱えて小さくなる妻に

私は何が出来るかな、と
考えていました。



お母さんはもう80歳。

お母さんもお父さんも

いつまでも元気でいられるわけじゃない。


「お母さん、

お父さんに大きい声で怒鳴られたら、
頭が痛くなって辛いの、って、
ちゃんと言いましょう?
お父さんは気づいてないだけで、
きっと分かってくれます。」

「お父さんのことを許せない気持ちも、
すごくすごく分かります。
だけど、その気持ちを、
ずっとは持っていられないんですよ。」



お母さんは

涙をためて、うんうんと
うなづいていました。

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人の体は
たくさんの物を
貯めておくことは出来ません。

必ず、どこかで出す必要がある。

それは、
老廃物と同じで
感情も同じ。



人生は限りがある。

許せない。
苦しい。
悲しい。
辛い……。

その気持ちを残したまま
逝くことは
辛すぎるから

だから、その気持ちは
もう、ここに置いていこうね、、

そんな思いを伝えました。


お母さんがどう受け止めてくれたかは
分かりません。

でも
それから、

無表情だったお母さんの顔に
笑顔が見られることが増えていきました。

「お父さんと喧嘩してないですか?」
「やってませんよ(笑)」

お母さんが笑う。

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その後、
お父さんは脳梗塞で倒れ
そのまま亡くなられ

一人になったお母さんは
かかりつけの精神科に入院されました。



残された人生をどう生きるか。


今はもう、お母さんに会うことは
なくなってしまいましたが

もう我慢せずに
心から
笑っていてくれたらいいなぁと

そう、思います。


いつも読んでくださって
ありがとうございます(*^^*)!!

サポートいただいたお金は 私が応援したい方のサポートへと 巡らせていきたいと思います! 幸せがみんなに巡りますように(*^^*)