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流星

※ED後
人工衛星・凛々の明星(りりのあかぼし)の話


耳を傾けると世界の声が聞こえてくる。それは四属性の大精霊たちと繋がった自分のみが聞こえる声だ。精霊たちは世界に溶けるマナと共にこの世界を巡っている。彼らに望めばいつでもたくさんの話を聴かせてくれた。自分の知らない世界はまだまだたくさんある。それを知れることが何より嬉しかった。

その日は少し違った。ある新月の夜、窓を開けて夜風がふわりと流れ込んだかと思うと、ある精霊が現れた。挨拶をする前に何者であるかを感じ取り、驚いていると、その様子に精霊は微笑んだように見えた。どのような用向きか尋ねると、精霊は静かに昔話を始めた。
これは「彼」のお話。


空は災厄まみれだった。あれがかつての同胞たちであると、何度聞いても信じられない。世界を愛したはずの魂たちは、おぞましい姿となって世界を喰い荒らし始めた。

原因は解っていた。魔導器によるエアルの過剰排出だ。それを鎮めようと本来 必要な量より多くのエアルを蓄えてしまった者たちは、知性を失い言葉をなくしてしまった。

人間を責める者もいた。原因である魔導器を破壊し尽くせと叫ぶ者もいた。
だが、それよりも私は あのような姿になってしまった同胞たちを、なんとか救ってやりたかった。
過剰に燃える仲間たちをなだめ、かつての同胞…だったものと戦う日々を送る。彼らを救ってやる方法が果たしてあるのか。そもそも何が彼らにとっての救いであるのか。何も分からず、ただひたすら私は戦い続けた。
そうして身も心も削り取られてゆく中、あるひとりの人間が手を差し出してきた。人間は、満月の子と名乗った。

我々、始祖の隷長が増えすぎたエアルを鎮めるのであれば、
彼女、満月の子らは超常の力を得る代わりに多くのエアルを吹き出してしまう人間だった。
満月の子。
我々とは対となる存在。そしてこの災厄の原因を体現するかのような存在。「世界にとっては害でしかない」…そう断じた同胞たちは、差し出された手を跳ね除けるはおろか、彼女の一族を滅ぼそうとした。
しかし彼女は訴える。

わたしたち人間の行いが、あなた方かつての同胞たちの誇りを穢してしまった。それを覆すことはもはや出来ない。
だが、この世界はなんとしても守らなければならない。世界を貶めてしまったけれど、わたしたちはこの世界を愛している。守りたいのだ。
人間として、その怒りは我々が甘んじて受け入れよう。その償いは命を賭して世界を守ることと誓おう。

彼女が語る世界を救う方法とは、彼ら一族の命を以って星喰みを封印するというものだった。
しかし怒りに身を焼かれた者たちは、世界の外へかつての同胞たちを追いやることに強い抵抗を示した。提案してきた彼女を敵視し、彼ら人間という種を滅ぼす事を望み、声を荒げる。
進み出て、私は彼女にこう言った。

罰とは、罪をその身に感じる者が欲してこそ意味を持つものだ。満月の子らがその罪を知り、罰を求めていることは分かった。しかしこの地表にその罪を知らない人間は数多く存在している。
また、人々は魔導器を使って一度繁栄を手に入れてしまった。一度繁栄を手にしてしまった以上、人間が魔導器を完全に手放すことは恐らく出来ないだろう。そうなれば、また新たな星喰みがうまれる。問題の解決にはならない。

彼女の瞳が小さく揺れた。
それではこのまま世界が侵されてゆく様を見届けるしかないのか。わたしたちの償いは何も出来ぬままここで殺されることなのか。我らが人間たちも滅ぼされてしまうのか。
悲痛に叫び、彼女の言う罰を懇願された。私は首を振る。

満月の子らは世界を愛していると言った。私もまた、この世界を愛している。世界とは、同胞である始祖の隷長たち、この大地、人間たちも含まれる。だから人間のみに罪を背負わせ、その種のみ滅ぼす事に私は賛同しない。だからとて、このまま世界を喰いつくされるわけにもいかない。

では、わたしたちに何を求めるか。満月の子は問うた。
私は静かに答える。

満月の子らの覚悟は全うしてもらう。だがそれで解決とはならない。再び星喰みを生み出さないために、これ以上 魔導器が増えることがあってはならない。増やしてはいけない。それを行える者は、罪の意味を真に知る者だけである。
地表にひとり、残るがいい。魔導器が持つ危険をほかの人間に伝え、世界の調和を取り戻す。その役目は、今このとき 我々の前に単身 言葉を交そうとした罪人に託そう。

それを聞いた罪人は、とても驚いたようだった。その姿を見据えた後、私は同胞たちに向き直る。

今この時、罪人に対する裁きが決まった。しかし彼ら満月の子らのみを世界の罪人と見放すことは、世界の一部を見放すことと同じである。それは私の掲げる正義に反することだ。
敬愛すべきかつての同胞たちは、その役目を全うしすぎたために星喰みとなってしまった。世界を愛した同胞たちに、彼らの愛する世界を滅ぼさせたくはない。かつての彼らの誇りを私は守りたい。それが私の願いである。

私は満月の子に歩み寄った。

罪人よ。ひとが使う魔導器に使う魔核とは、我ら始祖の隷長の命の結晶、聖核である。
私の持つこの命、聖核となればその力は絶大なものとなろう。人の使う魔導器の力は私もよく知っている。その力でかつての同胞の誇りを守らせてはくれないだろうか。罪人の手で、私に力を与えてはくれないだろうか。

満月の子は目を見開く。その意味を知っていながら問い返す。私は言い直した。

「私を殺してはくれないだろうか」

満月の子は首を振った。そんなことは出来ないと。星喰みを生んだ上、さらに私を殺めるなど。
私は彼女を見つめ続けた。それが私の覚悟であった。

長い時間。しばらくして、彼女は私の目を正面から見つめ返した。両目の翡翠から決意の色が滲んでいく。さらに間をおいて、そして言葉を紡ぎ出した。

わたしはわたしの覚悟を以ってこの場に来ました。命を賭して世界を守りたいこと、それをあなた方に伝えるために。
けれどあなたは私に死ぬのではなく生きて償うことを、あなたを殺し世界を守り続けることを願った。
それを望むのがあなたの覚悟だというのなら、罪人である私はあなたを殺す罪をも背負います。
そしてひとつあなたに誓いを立てます。
星喰みを封印するこれから先、何年、何十年、何百年と世界は続くことでしょう。しかし星喰みになった かつての始祖の隷長たちは地上に戻れないままかもしれない。
その未来をいつか必ず覆せますように。
何年、何十年、何百年とかかっても、彼らを救う道をわたしたち人間は見つけ出しましょう。

私はその宣誓を確かに聞き、その身に刻みつけた。そして罪人の光に触れ、光の中に溶けていった。同胞たちは、その様子を静かに見守っていた。

かくして、私はその生を終え、聖核となったのだ。


それからのことは、あまり記憶に残っていない。しかし事実、ザウデが意図して開かれるまで、私は彼らの誇りを守り続けることが出来たらしい。

そして今、こうして精霊となってこの世界 テルカ=リュミレースと再び巡り会えた。
星喰み…いや、かつての同胞たちも精霊に転生して世界に還ることが出来たようだ。

私と彼女の願いは届き、世界は本当に守られたのだ。

ことを起こした我々は、星喰みに対して封印という道しか選択できなかった。未来の者にその不始末を押し付けてしまったこと、あの時代を生きた者として心から詫びよう。そして何より、
今の満月の子よ、

この世界を守ってくれて、ありがとう。
同胞たちを救ってくれて、ありがとう。

それを、あなたに伝えたかった。

話が終わると、聞き手は遠くの空を見つめ続けているようだった。彼女が彼女なりにこの昔話を自らに落とし込んでいるのが分かった。
ゆっくりと時間が過ぎ、そして彼女は語り出す。
「…いいえ、世界をこのような形に出来たのは、わたしだけの力ではありません。わたしの大切な仲間たちと世界中の人々が、みんなのため、世界のために動いたからこそ、今を獲得できたんです」
「あなた方、精霊たちも同じです。精霊の存在がなければ、この世界はあり得なかった。始祖の隷長がいなければ、世界はとうに滅ぼされていたでしょう」
「それに、あなた方精霊のおかげで私は今を生きることが出来ています。感謝をするなら、わたしの方です」

「あなたの戦いに心から敬意を。
世界を愛してくれて、ありがとう」

満月の子は両の翡翠を細め、彼に優しく微笑んだ。
その表情に、彼は胸の奥底から懐かしいものが膨れるのを感じた。古のあの満月の子があの後どうなったのか。それはもう分からない。
しかし現代のいま、人々は手を取り合うことを選んだらしい。あの満月の子の旅路は、この時ようやく終わったのを知った。
この満月の子も、彼女と同じく世界を愛しているようだ。
精霊は少し笑った。

長いようで短い時間が過ぎた。夜風がするりと入り込み、室内には花びらが散る。思わず目を閉じて、また見上げると精霊は花の香りを残して消えていた。

新月の夜。夜空で最も強い光を放つ星は今も輝き続けていた。その光の存在を認めると、エステルはそっと窓を閉じた。





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