そこにはつきあいません #スナック麻子
スナック麻子へようこそ。
今日の日経新聞の夕刊、辻仁成さんのコラムにひきこまれました。息子さんとの暮らし、積み重ねた時間、何を大事にしてきたか。無駄な情感を排除して静かな文体だった。おふたりの過ごしてきた時間のかけがえなさにわが身を重ねます。
家族の記憶、大事なひととの時間だけあったらもうなにもいらない。
どんどんシンプルになっています。
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同世代の友人たちの活躍がとまらない。
大人の事情で詳細は割愛しますが、雇用を守りながら事業を拡大したり。費用をかけてあえて勝負にでたり、家族のために自分の時間を全部ベット(BET)して特定のなにかに集中したり。
真剣さ、まっすぐさ。
たるむ暇もない。
愚痴や他所への非難めいた言葉、自分(たち)以外の誰のことも干渉せずにやることだけに貪欲(どんよく)にむかっている。
他のことが気になる時間も惜しい。
にもかかわらず。連絡するとすぐに返事がくる。
これは職場でも同じで。
佳境で渦中にいるメンバーには極力、みんなタイミングをみてピンポイントでコンタクトをとっている。何かあればすぐにはせ参じる。静かに接し邪魔はしない。
当たり前のことだよね。
表に出せないプロジェクトや、だれにも共有できないしごと。
それぞれの事情がある。
家庭も同じ。
個人だって。
他人があれこれいうことではない。
そこに不用意に踏み込んだり、無駄に首をつっこんだり。
高みの見物で批評をしたり。
自分以外の誰かをいつも揶揄(やゆ)する物言いだったり。
そんなひとたちとは距離を置くようにしています。
大事なひとたちとの時間がある。
いまいる場所の不平や不満をいうのであれば、そこにいるのは自分が選んでいるんだと自覚したほうがいい。みっともないよ。大人が。
かしこ。
トリスと金麦と一人娘(2023 春から大学生になり、巣立ちます)をこよなく愛する48歳。ぜひどこかで一緒に飲みたいですね。