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『現実』(短編小説)

この作品は、ならざきむつろさん企画のリレー小説『片想い~l'amour non partagé~』の4話目です。企画についてはこちらをどうぞ♪
ちなみに、このお話の直前はMA3さんの『待ち人』です☆

扉絵は『ぱくたそ』さんから拝借♪
写真はアレですが、小説自体はいたってノーマルなのでご安心をw

※次の人がイメージしやすいよう、最後に登場人物の設定を記載しています。


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(わかってる。どんなに好きでも、実らないことなんて最初っからわかってる。頭では全部、理解してるんだ。どんなに手を伸ばしても届かないことくらい…でもね…)

仕事帰り。駅ビルの一角にある書店。
私…山内ひとみは、自己啓発書のコーナーに平積みされていた赤い表紙の一冊を元の場所に戻し、駅へ向かう。
買おうかどうか迷ったけれど、今日はやめておく。
どうしても欲しくなったら、またここに来ればいいのだから。
『すべての夢は叶うためにある』
いかにもなタイトルがついたその本の帯には、最近テレビでよく見かける女性タレントの顔写真が使われていた。
自信たっぷりな笑顔のすぐ隣に書かれていた

“叶わない夢は思い描けない。叶うからこそ思い描けるのです!”

という文言が、頭から離れない。


宴会シーズンだからなのか、ホームはこの時間にしては人が少なかった。
滑り込んできた列車に空いた席を見つけると、すぐさま私は目を閉じ、一ヶ月ほど前に見た例の夢を、頭の中で反芻してみる。

“叶わない夢は思い描けない。叶うからこそ思い描けるのです!”

さっきの本に書かれていたあの言葉。
もちろん、眠りながら見る夢と追いかける夢は全然違う。
けれど、その夢はあまりにリアルで、あまりに自然だった。
だから…というわけではないのだけど、今では毎日のように、彼…密かに想いを寄せる田島敦樹さんとの疑似体験を、つい脳内で再生してしまうのだ。

夢の中ではずっと、かすかな波の音が聞こえていた…。
どこのリゾートホテルだろう。広い部屋に置かれたクィーンサイズのベッドで、私たちは見つめ合いながら横たわっている。
上品な薔薇の模様がプリントされた窓辺のカーテンは風に揺れ、お揃いの柄のリネンは肌にしっとりとまとわりつき、インディーズバンドでベースを弾いている彼の、細く長い、けれど節くれだった指が、優しく私の髪を梳く。
内容はよく覚えていないけれど、私たちの会話はとても自然で温かかった。時にふざけてじゃれ合い、僅かな汗の匂いと体温を感じながら、思い出したようにやわらかなキスを交わす…。
やがて私が「コーヒーでも淹れるわ」と体を起こそうとすると、彼の腕に優しく引き戻され…そうして耳元でささやかれるのだ。
「ひとみ、愛してる。結婚しよう」
…と。

不思議なことに、夢の中の私は美しかった。
肌も髪も10代を思わせる輝きを放ち、手足は長くしなやか。
程よく豊かな胸とくびれた腰は、モデルのように完璧な曲線を描いていた。
当然のように喋り方も身のこなしも堂々としていて、そう…夢の中でだけは、彼と私は絵のようにお似合いのカップルだったのだ…。


ふと我にかえって目を開けると、反対側の車窓に自分が映っていた。
いかにも残念な感じの女だ。
37歳。下請専門の食品会社の営業部に勤めて、はや15年になる。
自分で言うのもなんだが、仕事ぶりは悪くない方だ。取引先からの信頼もそれなりにあると思う。愛嬌もそこそこ振りまいているし、会社での人間関係も概ね良好だ。
そんなわけで、本来なら役職の話が出てもおかしくない年頃なのだけれど、あいにく優秀な同期たちのお蔭で、昇進の見込みはほとんどない。この春の人事でそのことがはっきりとした。同期が全員辞めでもしない限り、私は彼らの背中を追いかけながら退職を待つことになるのだろう。
プライベートに関しても、冴えないと認めざるを得ない。
恋愛経験は数えるほどしかなく、二股が発覚して愛想が尽きた男と別れて以来、ここ三年は浮いた話もない。
男友達がいないわけではないし、紹介してくれる女友達もいるのだが、いくら出会いがあっても、そこから進展するケースはほとんどないというのが現状だ。
まぁそれも仕方がないのかもしれない。
お世辞にも美人とは言えない母親似の顔と父譲りの癖っ毛。ややくたびれたスプリングコートの下には、凹凸の少ない貧弱なボディ…。
若くてきれいな女性を好む男性が大半を占めるであろう恋愛市場で、私みたいな女は圧倒的に不利なのだ。気楽な“女友達”としてなら「大いにアリ」でも、“恋人”となると途端に門が狭くなる。
それでも…諦めてしまうにはまだ早い、そう思ってここまできた。きたけれど…。
疲れた表情、よれて崩れたメイク…一日の勤務を終えた今、地下鉄の残酷な照明が映し出す現実が、追い打ちをかけるように私を落ち込ませる。
私が主役でいられるのは、あの夢の中だけなのかもしれない…。

降りる駅に列車が停まった。
(そもそも田島さんってさー、愛想ってものがないのよね!)
改札に向かう人波が落ち着くのを待ち、ゆっくり階段を昇りながら、私は田島さんの気に食わないなところを挙げはじめた。もちろん、自分の気持ちを醒めさせるためだ。
(ていうか、ライブのときの決めポーズ、あれ何?…カッコつけすぎでしょ‼)
(ていうか、親の仕事を手伝っているとはいえ、バンド活動で生計立てられる見込みなんてほとんどないし…将来大丈夫なの?)
(ていうか、あの顔だって、そもそも好みじゃないのよね。やたら鼻が高くてさー)
(ていうか…)
私はため息をついた。
(ていうか私、そんなこと言える立場じゃないっつーの…)

これもまた、幾度となく繰り返してきた儀式。
どんなに彼の嫌なところを挙げてみても、この気持ちが微塵も変わることなどないと、十分過ぎるほどにわかっているのだ。
頭でどんなに否定したって、心には勝てない。
“恋は盲目”とはよく言ったもの。
一度落ちてしまえば、そこは光も影もないがらんどうの世界。
あるかどうかもわからぬ天からのたった一本の蜘蛛の糸を探しながらもがく…それが片想いというもの。
何も見えない、いや、正確には好きになった人しか見えない世界に、比べるべきものなどありはしない。好きな人というのは、好きになった時点で完璧な存在なのだ。
それは喩えるなら「醤油をかけようが鍋に入れようが豆腐は豆腐だ」ということと似ていて、その結論にたどり着くやいなや、今度は果てしない自虐モードに突入する。
完璧な相手と足りないものだらけの自分を比べて、身の丈に合わない人を愛してしまった罪をひたすら責めながら、私は今日も眠れない夜を過ごすのだろう…。

田島さんが好きだ。
どうしようもなく好きだ。
三歳も年下なのに、私より落ち着きがあり、そのくせ時折見せる笑顔は少年のようで、眩しくさえ感じる…。
一見無愛想なコワモテだけど、捨てられていた片目の見えない犬を拾って世話をしたり、偶然スーパーで見かけた時には、見知らぬ老夫婦の荷物を駐車場まで運んであげていた。
そんな人をどうしたら諦められるのだろう? どうしたら忘れることができるのだろう?
…いや、方法がないわけではない。
でも、今の私には…無理だ。


晩御飯を作る気力もなく、駅を出てすぐのコンビニでお弁当を買い、夕闇迫る家路をたどる。
最後の角を曲がろうかという時だった。
ふいに背後から「こんばんは」と聴き慣れた声がして思わず息を呑む。
そう。振り返らなくたってわかる。そこには、愛犬ステラの散歩帰りの田島さんが、優しく微笑んでいるはずだ。何なら、リードを持つ手のラインも、口角の角度さえも正確に思い起こせる。
「あれ? 違ったかな?…ひとみさん…ですよね?」
あぁ、どうか下の名前で呼ばないで欲しい、と思う。
腫れぼったいまぶたを持つ私が、この名前のせいでどんなに苦しんできたかなんて、あなたにはきっとわからないだろう…。
ゆっくりと首だけで振り向くと、予想通りのいでたちで田島さんは立っていた。いつものパーカーの下の青いタータンチェックのシャツまで、予想と同じだったのにはさすがに驚いたけれど。
「あ…こ、こんばんは~」
ふいに、さっき思い浮かべた艶めかしいシーンがフラッシュバックし、後ろめたさからまともに目を合わせることもできないままに、私は会釈を返す。
「ん…? 何だかいつものひとみさんっぽくないけど…どこか具合でも…?」
「あ、いや、べつに…だ、大丈夫だよ、うん」
予想外に声がうわずってしまい、思わず咳払いをする私。
「…えーと、あー…そういえば、だいぶ暖かくなったね。あはは…ねー? ステラちゃん」
耐え切れず、思わずしゃがんで視線をステラに向ける。
そんな私を滑稽に感じたのか、ステラはちらりと私を見るなり、興味なさそうにお尻を向けて歩きはじめた。
「そ、そうですね…」
きまずい雰囲気のままアパートのゲートをくぐると、田島さんはポケットから鍵束を出し、プレートに『101号室』と書かれたドアの前で「それじゃ」と小さく頭を下げた。
「あ、はい、どうも~」
私も小さく手を振って応えたが、その顔はおそらく引きつっていたと思う。

「これが現実なんだよね…はぁ…」
トボトボと彼の部屋のすぐ脇にある階段を昇り、並んだドアの一番手前にある鍵穴にキーを差し込む。201号室。
そう。たった今、管理人とその飼い犬を迎え入れたばかりの部屋の真上に、私は住んでいるのだ。

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【片想いされた人】
田島敦樹(たじまあつき)インディーズのバンドマン。クールなベーシスト。親の持っているアパートなどの不動産管理業務をしつつ、週末は都内各所のライブハウスに出演。見た目は怖そうだが心優しいジェントルマン。捨て犬だった片目の見えないダックスを飼っている。 34歳。
【片想いしてる人】
山内ひとみ(やまうちひとみ)田島敦樹が管理人をつとめるアパートの住人。会社勤めの何かと冴えない37歳。結婚願望はあるが、容姿や年齢にコンプレックスを抱えている。彼氏いない歴3年。

そんなわけで、気合入れて書いてみました。
でね…これ、みみみさんの企画にも出そうと思ったのに、気づいたら思いっきり字数オーバーしてるよね?w
2000字どころか、余裕で3000字超えてますた(爆)

#片想い  

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