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『雪解けのしずく』(短編小説)

この作品は、ならざきむつろさん企画リレー小説『片想い~l'amour non partagé~』の追加要素『片想い~Deus ex machina~』
第4話『現実』の主人公、山内ひとみの【告白編】となります。

企画詳細『片想い~l'amour non partagé~』:https://note.mu/muturonarasaki/n/nb994a7209d23

企画詳細『片想い~Deus ex machina~』: https://note.mu/muturonarasaki/n/n86faad184839

『片想い~l'amour non partagé~』第4話『現実』山内ひとみ:https://note.mu/asaginokaze/n/n2ea117c67e04?magazine_key=m336ee66c2ea7 

なお、この小説の登場人物である篠原環季(しのはら たまき)は、
第4話『現実』の山内ひとみに応援メッセージをくださった、にいのさんのイメージです(※あくまでイメージですので、ご本人のキャラクターとは異なります)。
【参考】にいのさんが、昨日UPした私の短編小説『現実』(ならざきむつろさん企画のリレー小説『片想い~l'amour non partagé~』の4話目)の主人公『山内ひとみ』さんへの応援メッセージをくださいました!

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きっかけは女友達の篠原環季(しのはら たまき)だった。久しぶりに二人で飲みに出かけた夜のこと。私が浮かない顔をしてるのを見かねて、相談に乗ってくれたのだ。
「なるほどね~。久しぶりに好きになった人はインディーズバンドのベーシストで、しかもアパートの真下の部屋に住む管理人さんねぇ…っていうか、そんな近くにいたんじゃ、家にいてもリラックスできないんじゃない?」
ダイニングバーのカウンターに酔いどれ女が二人。最後のマルゲリータをつまみながら、右側の席の環季がクスクス笑う。
「そうなの。なんかもうね。好きになってからずーっと、グルグル悶々してるわけ」
そう言った後で、“グルグル悶々”の表現があまりに的確に心境を表していることに気づき、思わず頷く私。
「あのさぁ…ひとみ」
環季がふいに私の目をじっと覗き込む。同い年とは思えない、艶っぽい瞳に一瞬ドキリとする。
「もっと素直になりなよ?」
「へ?」
「好きなんでしょ? その彼…田島さんのこと。そのことをちゃんと自分で認めてる?」
「う、うん…それはもちろん自覚はしてるけど…でも…」
「もっとシンプルに考えてみたらどうかな? 自分の気持ちだけにフォーカスするの。彼が年下だとか、自分のルックスがどうとか、そういうのは一旦置いといて、ひとみの気持ちだけを見つめてみて。彼のことが好き? 両想いになりたい?」
「そりゃあ、彼のことは好きだし、両想いなれるもんならなりたいよ」
「だよね? けど、彼の想いは彼自身しか知らないわけでしょ。失恋かどうかはひとみが決めることじゃない」
「…それはまぁそうだけど…でも、どうせ見込みなんてないし…」
「だからぁ…もう…まどろっこしいなぁ…」
そう言いながら環季は、思いきり私の耳元に唇を寄せてきた。
「…ズバリ! 告白しちゃいなさい♪」
「へ? 告白!?…えっ!? ええええーっ‼」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまい、カウンターの奥でシェイカーを振るバーテンダーの手が一瞬止まる。
「ちょっとひとみ…場所をわきまえてよ!」
環季に背中を叩かれ、私は思わず周りを見回し、「すみません」とお辞儀をする。幸いにも、客は離れたテーブル席に二組だけで、特に気に障った様子もなかった。
「今まで答えが出ないまま、一年近くもグルグル悶々してたんでしょ?…それってさ、結局“自分一人で考えたってダメ”ってことなんじゃないの?」
「…あ」
「…人って、独りで考え込むと、傷つくことから身を守るために、常に最悪の事態ばかり考えてしまうようになるんだってさ」
「はぁ…まさに今の私がそれだね」
話を聴いてもらえた安堵感から心が緩んだのだろうか。雲間から光が差すように、環季の言葉が素直に入ってくる。
「そっ。ここで尻込みしてたら、明日からもグルグル悶々な毎日が続くんだよ? いつ終わるかもわからないグルグル悶々が」
話を聴いているうちに、何だかだんだん思考がシンプルになっていく。あぁ、何だか身体がふわふわして気持ちいい…そういえば、今日は結構飲んじゃったなぁ…今、私、酔っぱらってる…これ以上飲んだら明日は二日酔いだなぁ…家に帰ったらお母さんがくれたウコン飲んどこう…はぁ~…それにしても気持ちいい…田島さ~ん…私こんなに酔っちゃった…でもね、こんなに酔っぱらっちゃってるけど、こんな時でも私、あなたのことが大好きなんですよ~…ふふふ~…。
「ちょっと~、ひとみ? 何笑ってんの? …ね? わかってきた?」
環季もだいぶ酔いが回っているのだろう。目が座っている彼女を初めて見た気がする。
「うん、わかってきた…私、田島さんが好き!」
「そう! それでこそ我らが山内ひとみよ! よしっ! 言っちゃえ~!」
「そうだね。うん!」
深く頷き、そして…次の瞬間、私は勢いよく叫んでいた。
「よしっ‼ 決めた。私、バレンタインデーに告白する!!」
再び環季に「声が大きい」と窘められ、周囲の客に二度目の「すみません」をした後、私たちは上機嫌でお店を後にした。

――不思議だ。
告白なんて、ほんの数十分前までは考えもしなかったのに。
「告白する」という台詞を叫ぶ瞬間まで、いや、叫び終えた今も、それが本心だったのか自分でさえわからないのに。
なのに、一度言葉にして心を決めてしまうと、なぜだか気分が楽になって。
あんなにもがいてきたのが、嘘みたいに清々しく感じられて。
本当に不思議だ。もう迷いはない…。

そして迎えた二月十四日。この街には珍しく、雪が舞う日になった。
「振られたら…潔くこのアパートを出ようね」
鏡の中の自分が静かに頷いた。

ベルを鳴らすと、いつもと変わらない声がドア越しに聴こえ、ガチャリとドアが開く。
「あれ? ひとみさん、どうしたんですか?」
「あ、あの…」
いざとなると言葉が出ないもどかしさ。
「とりあえず、寒いですし…中へどうぞ」
玄関へ足を踏み入れ、ゆっくりとドアを閉める。
振り向けばラフな格好の田島さんが無防備に立っている。他には誰もいない。二人きりになってしまった。

「え? 俺に? いいんですか? ありがとうございます!」
半日がかりで作ったチョコレートケーキを、田島さんは嬉しそうに受け取ってくれた。
「あの…それでね、実は…私…前から田島さんのこと、好きだったの」
「…えっ?」
“寝耳に水”をそのまま絵にしたような顔で、田島さんが私を見つめる。
「全然気づかなかった…」
「うん、気づかれないようにしてたからね」
何が可笑しいのかわからないままに、私は笑う。
「田島さんはたぶん、私のこと何とも思ってないんだろうけど…けど、もしよかったら、お付き合いしてもらえませんか?」
自分でも不思議だったけれど、私は彼の目をまっすぐ見つめながら、しっかりした口調でそう話していた。
「…あまりに突然なことで…ちょっとすぐには答えられないんだけど…」
「うん。そうだよね…。気持ちが決まったらお返事きかせてほしいの。じゃあね」
最後まで笑顔のまま、私は彼の部屋を出る。
やることはやった。後悔はない。

「お伝えしたいことがあります」と書かれたメモが郵便受けに入っていたのは、それから一週間後のことだった。

一週間前と同じように、ベルを鳴らす。
一週間前と同じように、いつもと変わらない声がドア越しに聴こえ、ガチャリと鍵が開く。
玄関の土間と上がり框。
一週間前と同じ位置で、私たちは向かい合った。

「…で、あれから考えたんですけど…」
ケーキのお礼をひと通り述べた後、田島さんは少しだけ声のトーンを落とした。
「ひとみさん、ごめんなさい。今はお付き合いできないんです。けど…」
「あぁ、うん。気にしないでね…予想通りだから。私なんてタイプじゃないだろうし」
「いや、そうじゃなくて…」
「あ、そっか、好きな女性がいるんだ?…田島さん、モテるもんね」
「…半分正解、かな。片想いですから…というか、ファンの子には興味ないですよ。その辺は割り切ってます」
「え?…片想い?…へぇ~、田島さんになびかない女性がいるんだ~」
私は白々しいほどに明るい声で驚いてみせた。そういうリアクションしかできなかった。
「あ、いや、そういうわけじゃなくて…最初から諦めてるんです。相手はまだ20代前半で、俺なんか眼中にないのはハッキリしてるし。ただ、好きな気持ちはまだ胸にあるわけで…。だから、そんな状態でひとみさんとお付き合いするのは失礼だと思ったんです」
「…!」
彼の言葉に、私は思わず顔を上げた。あらためて、田島敦樹という人の誠実さに触れて胸が熱くなる。悔しいけれど、彼に愛される女性は間違いなく幸せ者だ…。
「…そっか。話してくれてありがとね…じゃ、私はこれで…」
軽く会釈をしてドアノブに手を伸ばす。もうここに私の居場所はない。気が変わらないうちに荷物をまとめなくては…。
「待ってください!…あの…だから…もう少しだけ待ってもらえますか?」
「…へっ!?」
急に心臓の音が大きくなる。
「近いうちに玉砕してきますから」
「え? どういうこと…?」
「そのコに告白してきますよ。で、きっぱり振られて、一晩酒飲んで終わりにする。それから…ひとみさんとのことを真剣に考えてみようと思ってます」「え? でも…」
そのコと上手くいく可能性だって…。
「ほぼ間違いなく振られると思います。安心して待っててください。変な言い方だけど…」
そう言うと、田島さんは顔をクシャっとさせて笑った。つられて私も笑う。
すると、なぜだろう? ふいに胸が苦しくなって…。
必死に笑おうとするけどこらえきれなくなって…。
「あれ? ひとみさん、どうしました?」
少し早い雪解けのしずくが、ぽろぽろと弾けながらリノリュームの床に水玉を描いた。

fin…

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