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自分らしく生きられない『環境』とは。

私が向き合いたい社会課題。
私は「どんな環境でも自分らしく生きられる人を増やす」のが自己理念です。

向き合いたい社会課題となったとき、自分の原体験から、
環境のせいで「想い」はあっても実現できない人がいる。
そういった人が報われる社会にしたいと思っています。

1.私が助けたい『環境』とは

私はいろんなことに興味があります。
なので、キャリア・教育問題に興味があります。
といっても、この括りで考えていても
色んな問題があるとおもっていて、一色単に解決できない問題ですし
「環境のせいで想いがあっても実現できない」というのは
どんな状況か。と言われたときに正直、具体的に答えることができません。

それはいろんな場面でぶつかる可能性があるから、一概に言えないということです。


それは、「就活」の場面かもしれないし、「転職」の場面かもしれない
もっと日常に潜んでいるかもしれません。
「家族」関係上の悩みで出くわす場面かもしれないし、

『自分がやりたいと思っていてもできない。頑張っても否定される。結果が出ない』

それが自分の周りを取り巻く『環境』によっておこっていた時。
そのすべての「自分らしくいられない」状態を何とかしたいと思っています。

なので、教育にも興味はあるし、キャリアにも興味はあるし、
心理的ネグレクト、虐待等といった家庭問題にも関心はあります。

何かと環境によって「自分らしく生きられない」状況に置かれる社会問題全てに関心あるんです。

なので、『環境』って抽象的だけど、どんな環境にいる人助けたいの?
と聞かれるのですが、

正直なところ、『わかりません』。
それは、いろんな状況が考えられるからです。
それによって、解決策もターゲットもアプローチも全部変わると思います。

全てに対していつかアプローチしたいと考えているからです。

なので、これといってこういう状態の人だけとはいえないので、
『わかりません』。となります。

ただ、自分が取り組んできた中で、見てきた中で、
「環境」によって「自分らしく生きられていない」のではないか。

と感じたのが「キャリア」・「教育」という分野です。
今は、その中でも「就職活動」において日本の教育によってもたらしている
「受け身」の姿勢が、本人は頑張っていても結果に結びつかない問題を何とかしたいと思っています。
そういう子に対して、頑張った結果が報われる仕組みをつくりたいです。


2.「就活」という助けたい環境の話


堅実に就活をしている人ほど、内定がもらえない。
行きたい会社にいけない。
行きたい会社が見つからない。

そもそも、やりたいことがわからない…。

堅実にまじめに考えて、大学に行って、親の言うことを聞いて
期待にこたえたい…

そんな子ほど、「人」を想って行動していて
自分に対して謙虚で、傲りになることもなく、自分自身で正しいと思う方を選択している人なのではないでしょうか。

『やりたいことがみつからない』って
当たり前なことだと思います。
今までの教育されてきた中で『やりたいことをみつける』ために
何かするというような教育はされていたのでしょうか。
やりたいことがみつかるような教育を施されていたのでしょうか。

どちらかといえば、「出された課題」に対して「正しい答えを出す」
という自分から答えを探しに行くというより、答えが決まり切っていることの方が多かったはずです。

そんな中、キャリアを考えるとなったとき、
主体性を求められたり、やりたいことをみつけると言われても
「わからない」のが当たり前ではないでしょうか。


内定が決まりやすかったり、やりたいことがあったりする人と差は
「自分事に落とせたか、そうではないか」ぐらいな気がします。

学生時代やってきたことのなかで、他人事ではなく自分事として考える
きっかけに出会って、「誰かのために」と考える機会があったか。
そのことに対して自分から意識的に考えられるタイプの人だったか、
そうではなかったかぐらいの差なんじゃないでしょうか。

ただ、自分事にするということができれば、
「何かを変えたい」という意識や
「こうなりたい」という憧れのきっかけがあれば

「私だったらこうしたら近づけるかな…」と自分から動きたくなるように自然となる気がしています。

この「自然」な動きを生み出したいです。
この「自然」な「どしたらできるか」という思考や行動が
本当にその人がやりたいことだったり、その人らしさが詰め込まれている
と思うからです。

大学生活をもっと「どうしたらできるか」のために頑張ろうと時間を使うことができるんじゃないでしょうか。

就活をはじめて、「やりたいこと」がでてこないと悩んで、

急に言われてもわからない。
やりたいこと見つけられるきっかけがほしかった。
大学生活中に”やりたいこと”を「自分事」にして過ごしてればよかった。


就活はじめて、何かと『今更感』のような不安や後悔を感じる…
それって自分の責任なのでしょうか。

なんか違う気がするんです。

教育制度による弊害な気がするんです。
つまり、『環境』によって起こっている問題だと感じています。



私は、『環境』によってその子自身の責任ではないのに
その子自身の未来や可能性の芽を摘んでしまうような社会は嫌です。

「自分らしく」生きられる社会になってほしいです。
どうやら世の中には『就活自殺』という言葉が存在すると知ったとき
ほんの少し自分と重なって、とても悲しくなりました。

自分は頑張っていることなのに伝わらなくて
自分の努力を近くで見てきたわけでもない人に、

「わかられない」ことで全てを否定されたような感じ。
自分の過去と少し重なってまったく同じではないけど、
だからこそ「向き合っていたい」という感情が私の中で強く主張してきます。

少しでも多くの就活生に。
重く抱え込む就活生に。あなたは悪くないよ。
わかられない感情、見捨てられたわけじゃないよ。
向き合っていたいと思うよ。


と伝えたいです。


向き合うといってもたかが知れてるかもしれません。

私は、向き合ってもらった経験があったことで救われた経験があります。
今度は私がしたいと思いました。
(以下、『救われた経験』の記事です。ご参考までに…!)



私は、頑張ってない人なんて世の中いないと思います。
ただ、歩幅が違うだけで、「挑戦しよう」、「主体性を!」そう言った言葉に押しつぶされて頑張るのがおっくうになってしまう人たち

「頑張ってきたのにやりたいことがわかんない」
「堅実に生きてるだけなのにすべてを否定された」


でも自分なりに頑張ってる人たち。
そんな人もちゃんと報われるべきだと思うんです。


私はそんな人たちが報われる仕組みをつくりたい。
わかられないことで否定され、自分らしい生き方をできなくなる選択肢を
なくしたい。

なくしたいから、その人たちの気持ちを知りたいし、向き合いたいです。
気持ちを知ることで本当にその人たちが「辛い」と思っていること、
「悔しさ」「かなしみ」を自分事として問題をとらえたい。

そして、同じことで苦しむ人を生み出さないようにしたい。

これが私の思うビジョンと起業したい理由の一部です。



向き合っていたいです。だから、「頑張ってもわかってもらえない」感情を抱える人が読んでくれている人にいるのなら、もしよかったら声を聞かせてほしいです。

私は、「独り」をつくりたくないなとおもいます。



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