展覧会は誰のもの?(ぐち)

両親に責められ退散してきました笑

昨年、母の知人の展覧会へ行きました。
素人さんなので粗はあるものの、少し特殊な手法なので、色んな人に見てもらえればと感じ、写真を撮る許可をいただき、たしかツイッターへ載せてもいいかと聞きました。
すると夫婦おふたりでしぶい顔をする。私は意味がわからず、なんとなくもやもやとしながら帰ってきました。

実はその展覧会のあった場所は、以前私も出店したことがあるのですが、当日突然「あなた代表だからみんな(ほかの出店者)のお金を管理してね」というようなことを言われ、困って帰った場所でした💦たしか相談もなく割引チケットか何か作られていたのだと思います。それの管理だったのだと思います。そこで初めて会う人ばかりなのに、なんの用意もなくそんなこと頼まれても、責任など持てなくて。
そんな場所なので、正直、あまり気が進みませんでした。
でも行くからには楽しもうと気を取り直して行きました。

もともと創作が好きなので、どのようにこの作品を作ったのかなど聞くと、作者の方は嬉しそうに説明してくれました。
そこで冒頭の件に戻るのですが、はっきりとは言わないものの、紹介はしてほしくないようでした。
いまとなって思うのは「そこへ私は行ってもよかったのか?」ということなのです。

ギャラリーという誰でも入れるスペースなのだけど、宣伝をしたくないということは、ちぐはぐな印象を受けます。
はっきり言ってしまうと「それなら家で展示して知人だけ呼べばいいじゃないか」ということです。

情報の取り扱いというのは難しい問題です。けれどそれを個人にまで強いるのは難しいと思います。
それこそブログでの展覧会情報だけでなく、どこそこへ行きました、や、ここでご飯を食べました、という情報すら書けないことになるのではないかと思いました。

話が迷子になるかもしれませんが、別の視点から書きたいことがあります。
私は芝居をやっていました。脚本を利用してもらったこともあるし、自分の立つ舞台を見に来てもらったこともあります。そういった発表の場で、「限られた人だけに来て欲しい」と思ったことは1度もありません。けれどそうすると、見る方次第では酷評されることもあるでしょう。私はそれは致し方なく思います。私にとって表現とは、私の手を離れたら相手のものになると感じているからです。何らかの作品を見て持つ感想は、思い思いです。私は発表した後は、発表者はそれに正解不正解をつけるべきではないと感じています。芸術とはみな答えが同じになるような、息苦しいものではないと思うからです。

話を元に戻すと、私と件の作者とは、感覚が違うのだろうということです。
発表しておいて見せたくないなんて、私にとっては矛盾でしかないのですが、その方にとってそうならそれは仕方のないことだと思います。
ただ、それなら、最初から部外者お断りと掲げておいてくれれば、そもそも足を運ばなかったのになあと思うのです。


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