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気づきは「与える」ものじゃない。「起きる」ものだ。


人は、薬で眠らせることはできるけど
眠った人を起こすことはできないそうだ
どんなに薬や刺激を与えることはできても
その人が目を覚ますかどうか?は
どんな名医でもコントロールできない

麻酔は、経験上、目が覚めるはず。
という前提で用いられていて
目覚める保証なんて、実はないらしい。

誰かの目を覚まさせたい。
気づきを起こさせたい。与えたい。

そんな想いは充分すぎるほどわかるし
私もたびたび、そんな想いに駆られるけど

他者が与えられるのは「刺激」だけで
「気づき」ではない、ということを
理解しておくのは大切なことだと思う

目を覚ますのか?気づくのか?は
個性や、経験や、意図や、時間や
そういうさまざまなものがまざりあって
決まっていくものであって

いうなれば、その人の「いのち」
みたいなものにしかわからない
その人自身ですら、わからない

まして、他者の都合なんかで
決まるはずがないんだよ

他者にできることは
種を蒔くこと
そして掘り返さないこと

そのくらいだとおもうよ

ま、人工的に都合のいいものを育てたい
という話でなければ、だけどね。


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