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美しい横顔 #3〜epilogue

死を迎える人間が、どういう心境になるのかは、
そばで見ていても想像がつかなかった。
ただ一つわかったことは、
母の場合は信仰が強い力になり、
「イエス様がずっとそばにいてくださる」ということが、
そうとうの救いになっていたようだった。

死の前夜、母はわりと元気に、集まった家族と会話した。
これならもう少し大丈夫そうだと思った。

帰り際に、「明日もまた会えるよね?」と尋ねると、
母は首をかしげて、「バイバイ」と言った。

それが母との最後の会話だった。

夜が降りて来る

いつもの白い部屋
白い壁
白い天井

あなたは点滴のポールを
見上げている

ふわりふわり
黒くてきらきらしたものが
降りて来る

静かな一日を終え
夜がやってくる

王女様

「あげて、あげて」
混乱した頭であなたが言う

「あげて、あげて」
介護ベッドの頭部をあげる

「あげて、あげて」
もっともっと頭部をあげる

「あげて、あげて」
直角になるまで、頭部をあげる

数が月ぶりにあなたの全身が直角になる
誇り高い、気高き王女の威厳を漂わせ
両手を広げて正面の壁の
そのまた向こうを見つめていた

呼吸

ずっしりと重たくなったその手に
過剰なエネルギーは脈々と溢れる
もう死の際の崖っぷちのギリギリまでも
太陽は光さし窓辺を満たす

どうしようもない命の連鎖
途方もないほどの命の継続

目を伏せあなたは息をする
あなたが繋いだ命と手を繋ぎながら
引力と重力に引っ張られながら
残る力の限りにあなたは息をする

灯が消える
灯が消える
灯が消える

その時間まで

息をする
息をする
息をする
息をする

聖なる夜

もう手足は少しも動かないというのに
もう、言葉もうまく話せないというのに

今宵、聖なる夜
あなたは歌う
主の御手にゆだねられる喜びを

今宵、聖なる夜
あなたは歌う
音にならない賛美歌が響く

扉3

ドアを開ける瞬間をためらう
ドアの向こうに聞き耳を立てる

無言の沈黙に手をかける
ゆっくりと
部屋の中の光がこぼれる

父の顔
姉の顔
叔母の顔

母の顔

まだ温かい手を握る
柔らかな手のひらの感触が
変わってしまうその前に

柔らかな手のひらが
固く変わってしまうその前に

12月27日AM6:05

予期せぬ電話の音だった
父の隣であなたは逝った
5年と半分が過ぎていた
美しすぎる終りだった

あたなといた時間
あなたといた季節
あなたといた部屋
あなたがいた部屋

時はもう、めぐらない

さようなら、愛しい人
さようなら、愛しい人よ

epilogue

人は死んだら雲になる。
どの宗教の教えでもないかもしれないが、私はそんな風に考えている。

母親を亡くした人はよく
「いつも母がそばにいてくれる気がします」

と言うが、うちの親に限ってはまるでそんな気配はない。
まるで肉体を離れた自由を謳歌するように空をかけまわり、
こちらのことは素知らぬ顔。
ただし、いざという時にだけ何かしらのメッセージを送ってくれる。

光の場所へ 2012年1月5日

交わした言葉の数々、
握った手のひらの感触、
朦朧とした中で私の頭を撫でてくれたこと、

何度もひどいけんかをしたこと、
大事に育ててくれたこと。

私はあんまりいい子じゃなかったね。
ママを助けてもあげられなかった。

それでも、私を愛してくれた。
それでも、いつも私を愛してくれた。

バイバイ、また会おうね。
天国で、また会おうね。

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