芸能プロダクションである原告Xが、原告との間で専属マネージメント契約を締結した上で原告に所属する女性アイドルと交際していたファンである被告Yに対し、同契約の債務不履行又は不法行為に基づき逸失利益等の損害賠償を請求した事案において、原告の請求をいずれも棄却した事例(東京地判平成28年1月18日)

―目次―
1.結論
2.事案の概要
3.争点
4.争点に関する双方の主張
5.裁判所の示した判断基準
6.判断基準の本件への当てはめ



【1.結論】

原告Xの請求はすべて棄却。
(本事案では所属アイドル及びその両親に対する請求も行われ、同様に請求棄却されている。アイドル及び両親に対する請求については割愛する)


【2.事案の概要】

X所属アイドル(以下「Z」という)とXは、以下の内容の専属マネジメント契約を締結していた。

▼専属マネージメント契約書(一部抜粋)
第2条(委託内容)
 Zは,原告Xに対し,Zの一切の出演業務に係るマネージメントを行うことを,全世界において独占的に委託し,Zは,本件契約の期間中,原告以外の第三者との間で,出演業務に係るマネージメントを委託することはできないものとする。
第3条(出演業務の遂行等)
1 略
2 略
3 Zは,出演業務を遂行するにあたって,原告Xの名誉・社会的評価を毀損してはならない。
4 略
5 Zは,原告の事前の書面による承諾がない限り,出演業務に関連して知り又は知り得た原告に関する機密事項及び本件契約の内容を第三者に漏洩してはならない。
6 Zが音楽著作物の作詞・作曲を行う場合,Zは,本件契約期間中,原告の専属作家として,原告又は原告の指定する第三者の指示に基づき,原告又は原告の指定する第三者のためにのみ作詞家及び作曲家としての活動を行うものとする。
第6条(報酬)
1 原告Xは,Zに対して,本件契約に基づくZの報酬として,別紙契約書に乗じて算出した金額を支払うものとする。
 ※別紙契約書は本プロジェクトにおける総売り上げが総経費を上回り,“利益”が発生した段階で作成し,締結するものとする。
2 略
3 原告Xは,本件契約の更新の際にZと協議の上,Zの従来の実績,経済状況,将来性などを考慮して第1項に定める金額の増減をすることができる。
4 原告Xの責に帰すべき事由によらずして,Zのアーティスト活動が停止される場合には,原告Xは,第1項に定める金額を適宜減額することができる。
第11条(契約期間)
 本件契約の有効期間は,2012年4月1日から2015年4月1日までとする。但し,原告X又はZが相手方に対して契約期間満了の3ヶ月前までに書面によって本件契約の終了の意思表示をしない限り,本件契約は同一条件の下で自動的に1年間延長されるものとし,以後も同様とする。
第12条(損害賠償)
1 Zが本件契約に違反し原告Xが損害を負った場合は,原告Xは直ちに損害賠償を請求できるものとする。この場合,原告Xの管理する金銭と対当額で相殺することができるものとする。
2 Zの以下の具体的な行為についてもまた前項と同様とする。
〔1〕いかなる理由があろうと仕事や打合せに遅刻,欠席,キャンセルし,原告に損害が出た場合
〔2〕原告が管理すべき楽曲,歌詞,ブログ等あらゆる著作物を原告に無断で使用した場合。特にブログに関しては宣伝,もしくは商用利用目的で原告の許可なきサイト,友人,店舗,サービス,商品などあらゆる事柄を紹介する行為を禁止事項とし,これに違反した場合
〔3〕電話もしくはメールで連絡が付かず損害が出た場合
〔4〕虚偽の事実を原告に伝えた場合
〔5〕信用毀損行為をした場合
〔6〕原告の役員に対して名誉毀損行為をした場合
〔7〕非常識行為(薬物問題,交通事故,差別的発言)をした場合
〔8〕ファンと性的な関係をもった場合 またそれにより原告が損害を受けた場合
〔9〕同じ事務所に所属するタレントもしくはアーティスト,クリエイターやスタッフと性的な関係を持った場合。
〔10〕故意,事故に関わらず機材もしくは施設を破損した場合。
〔11〕あらゆる状況下においても原告の指示に従わず進行上影響を出した場合
〔12〕広告やイベント,コンサート等のクライアントやレコード会社等との契約期間中で契約が残っているにも関わらずいかなる理由があろうともZがその義務を果たせないことにより原告が損害賠償請求を求められた場合。
〔13〕その他,原告がふさわしくないと判断した場合
3 前項の場合,損害を受けた原告Xは,Zが義務不履行によって得た利益を,自己の損害とみなすことができる。
第13条(解除等)
1 原告X又はZのいずれか一方が本件契約に違反した場合には,その相手方は,相当の期間を定めた文書により,違反者に対して契約上の義務履行を催告し,その期間内に履行のないときは,本件契約を解除すること及びこれによって生じた損害の賠償を請求することができる。
2 Zが原告Xの名誉又は信用を毀損しもしくは毀損する恐れがある場合,又は原告Xの指示に従わない場合など合理的理由がある場合には,原告Xは,催告をせずに本件契約を解除すること及びこれによって生じた損害の賠償を請求することができる。
3 Zが他の事務所に移籍することを希望し原告Xがこれを承諾した場合,Zは,原告が別途定める移籍料を原告Xに支払わなければならない。但し,Zは,原告Xの承諾がない限り,本件契約期間中に使用していた芸名・筆名と同一又は類似した芸名・筆名を移籍後に使用することはできない。
第19条(特記事項)
1 本件活動に際して水着を着用する場合があり,その場合は速やかに原告の指示に従うこと。いかなる場合でも指示に従わない場合は第12条の〔11〕として処理するものとする。
2 ブログやツイッターなどあらゆるWEBメディア等のID,パスワードは常に原告X,Zで共有するものとし,勝手に変更または,原告の許可無く新規設立することは禁止事項とする。これに違反した場合は第12条の〔11〕として処理されるものとする。
3 ブログやツイッターなどあらゆるWEBメディア等の内容は原則的にZがZの判断によって構成していくが,いかなる場合でも原告Xから指示があった場合はそれに従い新規作成,修正,加筆,削除等しなくてはならない。

 被告Yは,遅くとも平成25年12月頃からX所属アイドルZと交際を開始した上,Zと同居し男女関係を持った。これを知った原告Xのプロデューサーは,平成26年8月17日に「CLUB SEATA」で開催された本件グループのライブ会場において,Zが本件グループから脱退したこと,Zがファンと交際していたこととそれが重大な契約違反であり本件グループ脱退の理由であることを,観客に説明した。

 原告Xは,Zと被告Yに対し、主位的には本件契約の債務不履行又は不法行為に基づき,予備的には不利な時期に本件契約を解除したと主張して委任に関する民法651条2項に基づき,連帯して逸失利益等合計883万7290円及び遅延損害金の連帯支払を求めた。


【3.争点】

芸能プロダクション所属アイドルと肉体関係を含む恋愛関係に至ったことについて、芸能プロダクションから相手男性に対する損害賠償請求が認められるか

【4.争点に関する双方の主張】

<原告Xの主張>
 被告Yは,遅くとも平成25年12月頃からX所属アイドルZと交際を開始した上,Zと同居し男女関係を持った。被告Yはその後もZとの交際及び同居を継続し,Zは実家からではなく被告Yとの同居先から出演先へ赴いていた。被告Yは,Zと交際の上同居を継続し,Zと共謀して,交通費の詐取及び出演業務の一方的放棄という不法行為を共同して行った。被告Yは,原告Xの所属芸能タレントと異性との交際が,人気商売である原告の業務に多大な影響を与えることを明確に認識していた。
 したがって,被告Yには,原告Xに対する業務妨害及び債権侵害の明確な故意があり,Zの不法行為(本記事では割愛)について共同不法行為が成立する。

<被告Yの主張>
 被告Yは,純粋に一般の市民として自由に恋愛をしただけであり,Zとの恋愛について非難されるいわれは全くない。被告Yは,本件契約の内容やZの売出方法に関する原告Xの戦略を把握しておらず,Zが原告Xに対しどのような義務を負っていたのか,出演先への交通費について原告XとZとの間でどのような合意がなされていたのかについても把握していない。被告Yは,漠然とアイドルには,対外的には「恋愛禁止」というルールがあるのだろうという程度の認識を有していたにすぎない。
 したがって,Zとの共謀は存在せず,原告の業務に多大な影響を与えることの認識,業務妨害及び債権侵害の明確な故意もないから,Zとの共同不法行為は成立しない。


【5.裁判所の示した判断基準】

 異性との交際,当該異性と性的な関係を持つことは,自分の人生を自分らしくより豊かに生きるために大切な自己決定権そのものであるといえる。

 異性との合意に基づく交際(性的な関係を持つことも含む。)を妨げられることのない自由は,幸福を追求する自由の一内容をなすものと解される。

 そのような事由を、損害賠償という制裁をもって禁ずるというのは,いかにアイドルという職業上の特性を考慮したとしても,いささか行き過ぎな感は否めず,所属アイドルが異性と性的な関係を持ったことを理由に,所属アイドルに対して損害賠償を請求することは上記自由を著しく制約するものといえる。

 本件で被告アイドルが異性と性的な関係を持ったことを理由に損害賠償を請求できるのは,被告アイドルが会社に積極的に損害を生じさせようとの意図を持って殊更これを公にしたなど害意が認められる場合等に限定して解釈すべきである。

【6.判断基準の本件へのあてはめ】

<前提としてZに対する請求権が認められるか>

本件契約は,「アーティスト」の「マネージメント」という体裁をとりながら,その内実はZに一方的に不利なものであり,Zは,生活するのに十分な報酬も得られないまま,アイドル活動を続けることを強いられ,従わなければ損害賠償の制裁を受けるものとなっているといえる。ゆえに,本人がそれでもアイドルという他では得難い特殊な地位に魅力を感じて続けるというのであればともかくとして,それを望まない者にとっては,本件契約による拘束を受忍することを強いるべきものではない。このような本件契約の性質を考慮すれば,Zには,本件契約を直ちに解除すべき「やむを得ない事由」があったといえる。

…原告Xは,Zの行為が原告に対する業務妨害ないし債権侵害の不法行為に該当するとも主張するが,本件契約はZにとって一方的に不利な面が強く,やむを得ない事由があるとしてこれを解除することはZの正当な権利行使と認められるから,そのような不法行為に該当するとは認められない。

 …平成26年8月17日のライブ会場において,Zがファンと交際していたことを公にしたのは原告Xのプロデューサーであり,Zではない。本件において,Zが原告Xに積極的に損害を生じさせようとの意図を持って公にしたと認めるに足りる証拠はない。

 したがって,Zと被告Yの交際が結果的に外部に知れたことが(性的な関係を持ったことまでが外部に知れたか否かはともかくとして)アイドルとしてのZの商品価値を低下させ得るとしても,Zが被告Yと性的な関係を持ったことを理由に,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を請求することは認められない。

<被告Yに対する請求権が認められるか>

 上記のとおり,Zには原告Xに対する損害賠償義務がないから,被告Yも原告Xに連帯しての損害賠償義務を負わない。

 なお,上記のとおり,異性に恋愛感情を抱くことは人としての本質の一つであり,その具体的現れとして当該異性と交際すること,さらに当該異性と合意の上で性的な関係を持つことは,人の幸福追求権の一場面といえる。まして,被告Yは,一ファンに過ぎず,Zと異なり,アイドルではなく,原告Xとの関係で何らかの契約関係の拘束を負うものでもない。それゆえ,被告Yにおいては,原告Xとの関係で,契約上はもちろん一般的にも,Zと交際し,さらにZと合意の上で性的な関係を持つことを禁じられるような義務を負うものではないから,Zと交際し,性的な関係を持った事実をもって,原告に対する違法な権利侵害と評価することはできないというほかない。

 また,上記のとおり,Zの原告Xに対する業務妨害ないし債権侵害の不法行為も認められないから,被告Yにおいてこれと共同不法行為が成立する余地もない。

 よって,被告Yも原告Xに対する損害賠償義務を負わない。


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あさくら

恋愛法判例百選(仮)

現役法科大学院生が編纂する、恋愛工学生のための判例集。 【免責事項】 本マガジンはあくまで裁判例の紹介であり、具体的事項に対する特定の法律解釈や法的アドバイスを提示するものではありません。 したがって本マガジンの掲載内容の一切に関し、当方では責任を負いかねます。 具体的...
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