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あげまんをヤメたら楽になった話

アーティストの妻は、自ら生活費を稼ぎ、家事を行い、夫が心置きなく制作に専念できるような環境を維持する。

そういう決まりがもちろん、あるわけではない。だが、夫の才能を開花させるため献身的に支える、というのはよくある芸術家の妻の像だ。結婚したとき、私はタケPに言った。

「食えない芸術家のために、私が生活費を稼ぐとか、そういうのゴメンやから」

タケPの答えは次のようなものだった。

「君にそんなことさせないよ」

若いとは、

まあなんと、呑気なことだろう。

当時、タケPのお母さんは不動産バブルの恩恵を受けに受けまくって、10万円をこづかいとして普通にくれるほどだった。家も建ててくれた。タケPは前にも書いたけど、就職したことがない。前の結婚でも奥さんが稼いでくれていたし、奥さんの次はお母さんの援助があった。そんなタケPは絵を描く以外のことをしなくても、生きてこれたのだった。

でも、私はそんなのゴメンだわ。そう思っていたのに、気付けばどっぷりと、まるでダメな絵描きの妻の見本のようになっていた。タケPは絵が売れても一切家に入れず、高級な画材を買い、豪華装丁の画集を取り寄せ、豪勢な食事会を催したり、京都のお茶屋に行ったり、スーツをオーダーメイドで誂えたりしていた。

そう言う姿を見て、私は「これが芸のこやしになるんだから別にいいわ」と、思っていた。いや、思うしかなかった。締め付けたところで、いったいなんの利益があろう。そのお金で年金払いなさいよ、電気代ちょうだいよ、私の服くらい買ってくれてもいいじゃない。ううん、違うの、そうじゃない。そんなことのためにお金を使うよりも、自分に投資したほうがいいものが描けるかも知れないじゃない。今は大変だけど、将来きっと何か約に立つはずだし、遊びに行った先で、いい縁故ができるかも知れない。

タケPが画家として有名になったら、もっと、もっと絵が売れるようになったら、そうしたら私の今の苦労なんて、吹き飛んでしまうのよ!そう!私の夢、それは...

あげまんになること。

実際、人から何になりたい?と聞かれれば「あげまん!」と即答していた、5年前までは。あげまんの目標は自分ではなく、相手。相手が大物になることがあげまんであることの証である。けど、当のタケP自身が、そんなこと1ミリも望んでいないことに気付いてしまった。彼はただ、創作者としての自分を全うしたいだけであって、有名になるとか考えておらず、むしろ有名になりたくないくらいだった。

山を登る気のない人に、登山用の靴を履かせ、リュックをしょわせ、それ!それ!と、お尻を押したって、登る訳がない。

「何?なんでこんなことするの?」
「バカね!あんたの前に山があるでしょ、そこを登らせてあげようとしてるんじゃない!」
「いや、ボク、別に登りたくないんだけど」
「何言ってんの、私が登らせてあげたいんじゃない」
「なんで?自分で登ればいいじゃない」

ハイ!ここです!ここ!

つまり、私は自分を勝手にタケPに投影していただけなんですね。自分ができないからって、タケPに私の分までしょわせようとしていたのじゃないかと。私の作り上げた「理想の画家」というのに、タケPを嵌め込もうとしていました。まあ、それで、こりゃアカン、ちょっとセパレートになって自分のことと、タケPのことと、シャム双生児のように融合している部分を切り離さねば。そういうのも離婚のひとつの要因でした。

タケPのため、私は自分の人生を犠牲にして頑張った。なんて言っても、タケPから頼まれたわけでもないのです。私が勝手に思い込んで、勝手に行動して、勝手に結論づけていたんですね、いつも。それで、いつまで経っても私、なかなかあげまんになれんわ〜。って嘆いても、そんなん知らんがな。てなもんです。そういうのに気付きました。

それで、あげまんになる夢をヤメました。そうしたら、タケPもなんだか自由になって、私が横からあれやこれや支えなくても、普通に自分で立ってやるわけですよ。当たり前だけど。ちゃんと自分で稼いで年金払うわけですよ。ご飯も作るし、時々私にも奢ってもくれるんですよ。

よくよく考えてみると、「あなたは私がいないとダメなんだから」と言って、相手を不能にすることで、自分の存在価値を高める手法でね、これ。一見献身的に尽くしているようで、実は相手の力を奪ってたんですね、今思うと。

とは言え、その時タケPが家にお金入れずに、身銭切って自分(だけ)に投資したことは、無駄にはならず、かなりこやしになっていると思うので、そういう意味ではよかったんじゃないかと、思います。って言うか、タイトル見るとまるで私があげまんになったみたいだけど、べつになってません、はい。あげまんになれる方法が書いてある、と思って読んでくれた人がいたかな?ごめんね。

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