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私と義母の七日間戦争 洗濯物の陣

洗濯機を動かすほど洗濯の量がない場合。家中から洗濯すべきものを探して来て、例えば、枕カバーとか、洗面所のタオルとか、ポケットに入っているハンカチだとかを放り込む。それでもまだ足りない場合...。

仕込みを追えて、部屋に戻ると、窓の外には私を出迎えるように洗濯物が干してあった。その中でひときわ目立つ赤いワンピース。え?私は目を疑った。

なんで?

あれがあんなところに干してある訳がない。部屋の隅に行って雑貨屋で買ったオシャレな洗濯ボックスの蓋を跳ね上げる。中は空っぽ。手洗いで洗濯する衣類の他にクリーニングに出す予定だったブルゾンもなくなっている。まさかと思って、もう一度窓をよく見る。青い空、春先の風がそよそよと吹き抜ける。ニューヨークで買った赤いワンピースと、長年愛用していたキャサリン・ハムネットのブルゾンが、どちらも少ししわしわになって、揺れていた。

さっき通り抜けた居間に義母がいたのを思い出し、私はすぐに踵を返した。母屋は築100年ほど経っていて、増築を重ねているため窓もなく、昼間でも明かりが必要だ。机に向かってタバコの注文を書き入れていた義母は飛び込んで行った私を見るなり言った。

「なんやん、あんたのも洗濯しといたったでな」
「いや...その...」

もちろん礼を言いにきたんやろ?私は出来の悪い娘を持ったもんだよ、そう言いたげな、半ばあきれたような口調で義母はボソリと言う。

「あんなに溜め込んで...洗濯もん」
「お義母さん!」
そうじゃない、という気持ちが前に出て、勢い、キツい言い方になる。
「あの、赤いのと茶色いのは、あれはクリーニングに出そうと思っておいてあったヤツなんやけど」
「そうか」
「ちゃんと自分で洗濯するよ」
「アンタも忙しいし、私がしといたったんやがな」
「やけど、自分でちゃんと手洗いしようと思って...」
「まあ、ちょうど洗濯するのにちょっと足りやんくてな。それでアンタのも一緒に洗っといてあげたんやけどな。そやけど、あんなとこに一緒に入れてあったらクリーニングかどうかも分からんわな。それにちゃんとネットにいれたんやし」

義母はあくまでも「私は洗濯をする暇もないくらい忙しい、そしてズボラでだらしない嫁の洗濯をしてあげる素晴らしい義母ですよ」という態度を崩さない。待て、私は自分に言った。よく考えろ、ここはまず礼を言うべきだ。何はともあれ、洗濯してくれた。頼んでもいないとか、デリケート衣類用洗剤でちゃんと手洗いするつもりだったとか、ましてやクリーニングに出す服かどうかなんて見りゃ分かるやろ、ボケ!などと言うのはとにかく、もう洗濯されてしまった事実に変わりはない。向こうはあくまでも善意の行為なのだ。ここは同居に支障なきよう、ぐっと大人の態度を示しておくのが得策というものだ。私は態度を急変させた。

「あ、ああ、そっかそっか」

軟弱な身振りをこれでもかと大げさにして見せる。大学の映画研究会の女優出身はこれが精一杯のクサい演技。

「うん、ごめんごめん。ありがとう、洗濯してくれて。そしたら、クリーニングするやつは今度から分かるようにしておくわ」

以来、洗濯ボックスの中に「この下のものはクリーニングに出すので洗濯しないで下さい」と、紙に書いたものを入れるようにした。A4の紙に黒々と太マジックでくっきりと書いた。

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「ちょっとお義母さん!!なんであれが干してあるんよ!」
「えぇ、なんやん急に」
「あれ、ちゃんとクリーニングに出すって書いてあったやろ」
「そうやろか」
「ちゃんと、紙に、しっかり書いて入れてあったよ!!」
「そうかん、まあ、あんまり分からんかったわ。それに洗濯するのにちょっと足りやんだもんでな」

確信犯だな。しっかりと紙に書いて明言してあろうが、なんだろうが「洗濯機を動かすのにちょっと足りない場合」はクリーニング用だろうとなんだろうと関係ないのだ。これはともかく、相手にクリーニングの洗濯物を見つからないようにするしかない。でもいったいどこに入れれば...絶対に洗濯物って分からない場所。まさかこれは洗濯物じゃないだろう、でもそんな場所ってあるんだろうか...

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仕事続きの中、久しぶりの同窓会から帰った私は、よそゆきのワンピースを脱いだ。結婚してすぐに夫が買ってくれた、背中の大きく開いたセクシーなワンピース。あ、違うわ。夫は選んで、私がお金払ったんだ。まあいいや。今日はちょっと汗ばむ陽気だったから、少しハンガーにかけて汗を抜く。乾いたワンピースをきちんと畳むと、それを洋服ダンスの下から2番目の引き出しに、そっと仕舞った。木を隠すなら森に。以来、義母との間に洗濯が原因のケンカは起きていない。

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