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剥製とニド

今日は私の祖父の話を少し。父方の祖父は剥製師でした。厳密に言うと、職業は学校の理科の先生だったのですが、趣味で鳥の研究をしていて、研究の延長線上で剥製を作っていたようです。私の物心ついた時、おじいちゃんは既に剥製を作る人で、同じ敷地内の家に行くと、仕事場のこたつに入って、新聞紙の上に置いた鳥の皮をメスで剥き、それに習字の筆で白い粉(防腐剤)をザラザラと付けていたり、庭で獣の皮を材木に載せ、持ち手のついた刃物で白い脂肪をこそげ取ったりしていました。

そういうのを幼い頃から見ているので、私たち姉妹は全員、獣や鳥の死骸には免疫がありました。「ありすぎ」と言っても過言ではありません。大人になってからも道で車に轢かれた獣を見ると近寄って行って、ずるずると脇によけるのは普通。それがイタチやタヌキで程度が良さそうだと、そのまま車に積んでもって帰って来ることも。

「これ?剥製にできる?毛皮は?」

なんてもんです。けど、外傷がないように見えても頭蓋骨が割れていると剥製にはできません(剥製は骨格を利用して作るので骨の損傷があると剥製は難しいです)。毛皮にするったって、まあ面倒なんです。それで大抵は持って帰ってもおじいちゃんにはスルーされ、最終的には山へ埋めに行ったりでした。

さて、それは大人時の話、子どもの頃はそんなおじいちゃんの仕事場に遊びに行って、解剖を見るのが大好きでしたが、もうひとつ楽しみがありました。それが「ニド」です。おじいちゃんの机の上にはネスカフェの瓶があって、その横に「ニド」という粉のクリームの瓶がありました。私は子供だからコーヒーは飲みません。それで、おじいちゃんが時々

「はい、Yukiちゃん、口開けて」

と言って、ニドをスプーンに一杯だけくれるのです。ああいう粉のクリームって、食べたことありますか?普通はないと思うんですが、なんとも言えない美味しさがありました。それで、遊びに行く度に、

「おじいちゃーん。ニドちょうだいよぅ!ニドちょうだいー!」

って、うるさかったんでしょうね、私。誕生日に小さなニドの瓶をくれたんです。おじいちゃんが。嬉しかったですねー、思う存分ニドが食べられるんですから。けど、なんか違うんです。ニドはニドなんだけど、どうもこれは違うぞ…って。スプーンに一杯だけじゃなくて、自分の好きなタイミングで食べられるのに、なんかあのおじいちゃんの仕事場で食べるニドとは違う。

思えば、ニドそのものがおいしい、というよりは、あのおじいちゃんの仕事場でこたつに入りながら小鳥の雛が餌をもらうみたいにサラサラと口にスプーンで入れてくれる、あの感じがよかったんでしょうか。ある日、おじいちゃんの仕事場に行くと、机の上にはニドじゃなくて黄色いラベルのクリープが置いてありました。おじいちゃんはクリープをまたスプーンでくれたけど、何か少し味が違っていて、それ以来、そういうのをねだることをしなくなりました。今はもうニドは売ってないらしいので、あの味を思い出すことはできないけど、死ぬ前にもしかすると走馬灯であの味が蘇って再現されるかもですね。あれ?走馬灯ってそういうのもあるんだっけ?まいっか。

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