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千葉大学在籍中のおはなし

大学3年の夏、
工学部デザイン工学科というオシャレっぽい学科(今は学科名が変わっているそうです)に通っていた私は学生コンペに参加していた。
デザイン系の学生コンペは無数にあったのだが、就職活動とスキルアップのため、いくつか参加した記憶がある。


一番力を入れることになったのが、大手飲料メーカーの商品開発グループコンペである。

学生同士でグループを組み、メーカーから与えられたテーマに沿った商品(広告戦略、パッケージデザイン等商品に関する全ての要素を含む)を考える。書類審査や本社でのプレゼンなど何段階かの審査でふるい落とされていくというものだった。


当時同じ学科で仲の良かった女子3名と参加した。
皆が一人暮らしをしていたので、誰かの家に集まってはマーケティングデータをまとめたり商品のポスターデザインをしたり、使い慣れない3Dソフトの使い方を共有したり、
疲れたら4人で麻雀店に行ってセットをしたりしていた。

徹夜で集まって課題に向かい合い、その後10時間ほど麻雀をして、眠気が限界になるとみんなして丸一日寝るという非常に効率の悪い取り組み方をしていた。
4人グループというのは本当にタチが悪い。
麻雀が出来てしまうのだ。
麻雀なんて知らなければ、もっと作業が進んでいたのに。あんなに面白いゲームに出会わなければ、もっと時間が作れたのに。


そんな我々であったが、圧倒的要領の良さと、普段大学で学んでいたデザイン力で培った「大したことない企画もそれっぽく見せる力」を持ち合わせていたおかげで無事予選を通過していき、決勝に進出した。

決勝は会社の施設で泊まり込みの合宿に参加し、最終日には数日前に出されたお題についてプレゼンをするというものだった。それを社員のみなさんが審査をし、順位を決めるのだ。



まずは初日に、チーム紹介をしなければならなかった。パワーポイントを使って、チームメンバーのアピールポイントを説明し、どんなチームなのか、自分たちはどんなことができるのかをPRするというポップさが求められるプレゼンだ。

我々のチームはなぜか迷わず、自分たちを麻雀牌で表現した。パワーポイントの2枚目には、四人で麻雀をしている写真を使用し、社員にインパクトを与えようという目論見だ。
ちょうど四人いたので、東南西北をそれぞれ割り振り、私の担当は北になった。

私の担当は北になった。


今思えば意味がわからない。
サラリーマンの人達はどうせみんな普段から麻雀をしているだろう。若い女子大生4人が麻雀を結びつけながら自己紹介をしたらどうせオジサン達は喰いついてくるだろう。という大陸棚より浅すぎる考えだった。

初日の夜は課題のプレゼンはなく、学生チームと社員のみなさんの交流を深める懇親会が行われた。
ここは天下のサントリー様。山崎、響、白州などの高級ウイスキーもばんばん振る舞われた。

某飲料メーカーと表現していたのに、つい社名を出してしまった。サントリー様その節は大変お世話になりました。今でも一番好きな飲料メーカーです。


さて私たちの薄っぺらいPR作戦だが、これがなんと大成功した。
懇親会中にここぞとばかりにタダ酒を飲みまくっていた私たちに、たくさんの社員さんが「あ!麻雀の子たちだよね!」
「麻雀打てるの?!すごいね」
などと声をかけてくれたのだ。
学生コンペの審査員をしてくださっていた社員さんたちは想像していたより若い人が多かったので、実際自己紹介プレゼンをした直後は「オジサン=麻雀好き」の方程式が通用しないかもしれないと思っていたが、こんなに印象付けられるとは…正直チョロいなと4人とも思った。


次の日にはさっそく、初日に発表された課題1のプレゼンをしなければいけなかったので、
懇親会は早々にお開きとなった。各チームはそれぞれ与えられた部屋に戻り、作業に取り掛かった。
発表までの時間が短いということもあり、プチ課題の様なものだったが、これも審査のうち。短い時間でそれなりの完成度とセンスが求められる。
課題内容は覚えていない。
懇親会で麻雀という要素が受け入れられ、あれよあれよという間に数あるチームの中で一番話題になった私たちは上機嫌で最後まで酒を飲んでいた。

部屋に戻ると猛烈な眠気に襲われた。
わたしは1時間ほど話し合いに参加したあと、
なんと寝た。
ぐっすりと睡眠をとった。

残り3人がその後どれくらい作業をしてくれていたのかどうかは知らない。
わたしはぐっすりと寝た。

次の日、他チームのプレゼンを見て、焦ったのはいうまでもない。昨夜、他の学生たちはふるまわれた酒をあまり飲んでいない様に思っていた。目上の方がすすめてくれた酒を飲まないなんて失礼なやつらだ。社会というものがわかっていないと思っていた。
飲みすぎないのは当然だ。
懇親会後に作業が残っているのだから。

私たちのチームは付け焼き刃で丸明オールドなどのオシャレっぽいフォントを使って、それっぽいフレーズを並べ、
まぁなんとかまとめたよね!みたいな微妙なプレゼンをした。私以外の3人も猛烈に眠かったのだ。
昨日の自己紹介で社員さん達の期待が高まっていたのは当然で、きっとこのプレゼンを見てさぞ幻滅したであろう。とても後悔している。それと同時に、懇親会という罠をはってきたサントリー社をうらめしくも思っている。
(だいすきです、サントリー)

しかし、あくまで審査基準の多くを占めるのは最終日に行われるメインプレゼンだ。
最終日のお題は数週間前に出されており、この合宿前から準備を進めてきている。プレゼンさえ完璧にできれば優勝できると信じていた。
もし私たちと同じレベルの学生たちがいたとしても、きっと最初の自己紹介プレゼンのインパクトで私たちが勝つに違いない。若さ特有の根拠のない自信に満ち溢れていた。


課題1のプレゼンの後、サントリーの持つ自社工場の見学などをさせてもらう。そこでもウイスキーが飲めた。
最高だった。

また、1チームに1人、担当の社員さんが付いた。
私たちのチームには、あの伊右衛門を商品開発した方が担当としてあてがわれた。日本人なら誰しも知っている伊右衛門。あの大ヒット商品を世に生み出した泣く子も黙る神である。

私たちは担当が発表された瞬間、国民的アイドルが目の前にいるかのような歓喜の声をあげて喜び、すぐに彼を「伊右衛門はん」と呼んだ。
とんでもない失礼だったことは今になってわかる。
ほぼ商品名で呼んでいるのだ。

鳥貴族の社長を鳥貴族さん
クイックルワイパーを発明した人をクイックルさん
と呼んでいる様なものだ。

しかし伊右衛門はんは底抜けに良い方で、二十歳そこそこの私たちの素行を温かい目で見守ってくれており、時折アドバイスもくれた。伊右衛門ができるまでの裏話なんかも聞けたりした。伊右衛門はんは元気でやっているだろうか。

そうしてやってきた、最終日。
最終プレゼン。
大学3年の夏はほぼこのプレゼンと麻雀にだけ時間を費やしてきた。

商品パッケージも、広告イメージも、売り出し戦略も万全だ。
プレゼンの順番は後半の真ん中くらい(曖昧)。M-1グランプリで優勝するにはネタ披露の順番が大事とはよく聞くが、今回の順番も我々の勝利におあつらえむきであった。

プレゼンのお題は「サントリーの若者向けの新しいウイスキー商品」というものだった。
前半グループが発表したものは、ポップなものが多かった。若者向けということでカクテルチックにしたり、色んな飲み方が出来るパッケージにしたりと学生らしいアイデアが披露されていた。

想定内だ。

私たちは「若者→お酒離れ→ウイスキーを飲みやすく」という誰もがいきつく結論にしたくないという考えがあった。
古から愛されているウイスキーの良さをそのまま残し、広告やイメージの戦略でウイスキーを選ばせようとしたのだ。
「若者→人同士の繋がりが希薄→ひとつのボトルでみんなで同じお酒を飲む喜びを伝える」というテーマをひとつの軸としていた。

10年以上経った今思うと、なぜそんなテーマにしてしまったのか甚だ疑問である。
メーカーが求めるものは、学生らしい表現であるはずなのに我々はこんな方針で進めてしまったのだ。

ただただイキっていた。
恥ずかしい。



詳細は割愛するが、地球儀を模したガラスボトルデザインにし、「このお酒を飲むことで様々な年代の人々が同じ時間を共有できる」というメッセージを込めた。
若者がどういう風に人と繋がっているのか、本当はどういう時間を求めているのかという部分に重きをおいたプレゼンをし、クライマックスにはUKロックのレジェンドoasiswhateverという名曲を流した。
この選曲はわたしがゴリ押ししたもので、「共感させ、感動させるにはこのBGMしかない!」とチームの皆を納得させたのだ。

プレゼン終盤、whateverのサビ前からフェードインで曲を流し、サビに入ったところでさぞ感涙しているであろう審査員と学生達の表情を堪能しようとしたところ、

なぜか笑いが起きた。


なぜだ。


今でもわからない。whateverを流して笑いが起きるなんてことはあり得ない。
わたしの人生の中でも七不思議の一つとなっている。

プレゼンが終わった瞬間、
「なんでみんな笑ってたんだろう?」と私たちメンバー全員が首を傾げた。

きつねにつままれた様な気持ちで残りのチームの発表を見て、審査結果の時間となった。

優勝、準優勝、三位までが入賞となり、特典が与えられる。








私たちのチームは入賞すらできなかった。




20歳や21歳の女子大生が風呂にも入らず、恋愛もせず、ただひたすら取り組んできたコンペ(と麻雀)だったが思う様な結果を得ることが出来ず、4人ともそれはそれは落ち込んだ。
その後の打ち上げで、社員さんの1人から「君たちは4位だったんだよ。すごく僅差だったから入賞まであとちょっとだったんだけど…」と教えてもらった。伊右衛門はんは少し悲しそうな笑顔でこちらを見ていた。
僅差だったら麻雀アピールで勝てる!という謎の理論が破綻した瞬間だった。


この夏の思い出は、ひとりの学生としてとても収穫のあるものとなった。商品を考えることや、その魅力を人に伝えることの難しさを知り、伝えるための2Dや3Dのデザインのスキルを少し身につけ、社会の厳しさを知った。そして麻雀というゲームがいかに時間を奪ってくるかも実感した。

忘れられない経験になったし、サントリーの自販機を見ると背筋が伸びる様になった。なんて体にしてくれたんだ。
そして私は自分の至らなさ、無力さを痛感し、卒業・就職ではなく、大学院への進学を意識するようになった。

この先の大学院編も書こうと思ったけど、
いつになるのかはわかりまへん。

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