1.現地レポート 菅平高原に救急車が常駐する試み ──周辺地域の医療資源の逼迫を防ぐ(月刊トレーニング・ジャーナル2023年10月号、特集/スポーツの環境を整える)



特集目次
https://note.com/asano_masashi/n/n6509ce30c67a

救急車が常駐および巡回

 8月13日から17日までの4日間、菅平高原(長野県上田市)に試験的に救急車が常駐し、巡回することとなった(写真1)。救急車は、国士舘大学体育学部スポーツ医科学科から運用するスタッフとともに派遣されている形となる。

 この菅平高原には、100面以上のグラウンドがある。それらを管理する宿舎があることから、全国からラグビーやサッカーを中心としてさまざまな競技のチームが合宿に集まる場所となっている。菅平高原に全国からスポーツ選手が多く集まることで、たとえば練習試合をしていて頭を打って救急車を呼ぶような事態が発生すると、上田市ほか周辺の住民の方々にとっては、医療体制が手薄になってしまうことになりかねない。


写真1 菅平に救急車が待機していることを知らせるチラシが、グラウンドのマップとともに配布されている

「私たちは、マスギャザリングイベント(大勢の人が集まるような大きなイベント)に対して、サポートに行くことがあります。この菅平高原で何かあったとき、救急車が足りなくなります。本来なら普段と同じ医療を受けられる体制が、圧迫を受けることになります。ほかから医療の手を差し伸べることで解決できるのではないか、というのがSAFEの考えだったので、私たちとしても賛同し、今回サポートに入ることになりました」。このように話すのは国士舘大学の曽根悦子氏。この活動では、朝には今日の活動内容を伝達するブリーフィングを行い、必要に応じて救急搬送の手順を確認していた(写真2〜9)。この活動が教育の場ともなっている。


写真2 スタッフが集合してブリーフィング


写真3 搬送手順の確認を行う

「今回はインターンとして早稲田大学や桐蔭横浜大学の学生や、順天堂大学の先生にも入ってもらっています。救急救命士の活動をしていて、やはり『助けて』という声がない限り、助けに行くことができないもどかしさがあります。その声を上げやすくすること、声を上げてもらうことを知ってもらう、これが大切です。救急隊が到着する前に何をしていてほしいのか、また救急隊としてもスポーツ現場に対する理解を深めて、現場に出たときにどのように対応するかの隙間のところ、患者さんと医療の間を結ぶのが、アスレティックトレーナーや救急救命士の役割だと思っています。この環境で、それを融合することができるというのは重要なことであると考えています」

 今回の救急隊のスタッフの1人には、長年にわたって菅平高原クリニックで勤務していた看護師(宮原青美氏)も加わっているため、チーム内のことや地域のことなども詳しい。救急隊が現場を訪れる際にも、助手席に同乗して道案内も含めた調整役となっているようだ。


写真4 資機材、備品の確認をしていく


写真5 タオルを用いた搬送のシミュレーション

初の試み

 このような取り組みは今年が初めてとなる。以前は、菅平高原クリニックから往診することもあったが、新型コロナウイルス感染状況によって往診がなくなり、2023年もその方針が継続されることになった。今年から菅平高原で合宿を行うアスリートが増えることが予想され、大伴茉奈氏(桐蔭横浜大学)は「非常にまずいと思いました。国士舘大学の救急救命士の方々が、スポーツ大会などイベントの観客救護もしていると聞いたので、相談に行ったのがきっかけです。みなさんが使っている救急車と救急救命士さんを菅平高原に派遣していただけないか、というお願いをしました」と語る。これが5月、6月の頃だという。そして上田市の消防の方々とも調整を行い、連携が始まったという。「コロナ禍なのに上(菅平高原)で合宿をしてケガをしたことで救急車を呼ばれると、下(上田市の市街地)では救急搬送をしたくても、救急車が上に上がってしまっている、というような話は、昨年も聞きました。このようなことでは、『菅平高原にスポーツ合宿にくるな』と言われてしまいかねません。今後も継続的にここで合宿ができるよう、なんとかしなければと勝手に思っていたところです」。

 ここで「下」と表現された上田市市街地から、菅平高原までの時間的な距離は、車で40分ほどかかる。医療資源をどのように配分するかという問題である。

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