母との記憶

夜中に、母に電話をした。「こんなこと言いたくないんだけど…」と、私。母は眠たそうな声で「どうしたの?」と聞く。「お金が…」そう言うと、母が慣れた感じで「いくら入れとく?」と切り返す。私は「28歳にもなって自分が情けない。夢なんか諦めて真っ当に生きる。もう映画なんか撮らない」とかなんとか、泣き言を繰り返した。そのとき、壁に貼った『こおろぎ嬢』(尾崎翠著)の一節が目についた。”私は、年中何の役にも立たない事ばかし考えてしまいました。でも、こんな考えにだって、やはりパンは要るんです。それ故、私は年中電報で阿母(あぼ)を驚かせなければなりません"
私は貼ったときの自分を恨んだ。と、同時に、妙に冷静になってしまった。「起こしちゃってごめんね」と言って、電話を切った。
”こおろぎ嬢”は、人間嫌いの・引きこもりの・妄想好きの女である。この作品の終わりにはこんな言葉がある。”娘が頭の病気をすれば、阿母は何倍も心の病気に憑かれてしまうんです”
ごめんなさい。お母さん。

#短文バトル444

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?