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「ティファニーで朝食を」ホリー・ゴライトリーからの冬野梅子「スルーロマンス」

32歳のシングル女性ふたりが真実の愛?を求める日常を描く、冬野梅子「スルーロマンス」が面白くて、もう2巻も出たし一度ここで…と思っていました。

というのは、7月20日に行われた配信イベント「ままならない日常の違和感を考えること、描くこと」(小川たまか×冬野梅子)で、「スルーロマンス」は連載前にキャラクターから考えて、「(待宵)マリちゃんはホリー・ゴライトリーみたいにしよう」という発言があったのです。

ホリー・ゴライトリーとは、トルーマン・カポーティの短編「ティファニーで朝食を」のヒロイン。映画化されたことから、オードリー・ヘプバーンのイメージが上書きされて都会で生きる猫みたいに自由で素敵な人! といったお洒落イメージがあると思いますが、原作を読むとこれが結構複雑な生い立ちなんですね。

また、ちょうどNHKの番組「世界サブカルチャー史 欲望の系譜」「アメリカ 闘争の60s」の回で、「貧しさから14歳で田舎に嫁ぎ、そこから逃走して都市で自分を立て直そうとした物語であり、当時のアメリカ人の共感を呼ぶキャラクター」と紹介したこともあって、「スルーロマンス」でも令和の明日なき時代にふらふらしてるマリちゃんは、まさにホリー・ゴライトリーじゃん!! とコーフンしました。

が、マリちゃん人気ないんだそう。配信イベントでは「女性のキャラって自己犠牲はらうタイプじゃないと好かれない。」という冬野さんの発言もあり、「あー」と頭を抱えてしまいました。

いやわたしはマリちゃん好きだよ! というわけで、「読んだ」という記憶しかもはや残っていない「ティファニーで朝食を」をもう一度読むことにしました。村上春樹訳です。短編集なのでサクサク読めます。

すると、収録されている「ダイヤモンドのギター」という作品にびっくり。50代の模範囚のもとに18歳のブロンドのギター弾きの青年が現れて…なのですが、この青年がいい加減で、まさにホリーなんですね。詳細は省きますが、文章が素晴らしく映像的なこともあって、令和の今読むと完全BL読み切り作品で脳内再生されました。

これを読むと、「ティファニーで朝食を」がよりくっきり浮かび上がってくるといいますか、実は日本のいろんな作品に影響を与えているなと気づきました。

吉野朔実「HAPPY AGE」 1984~1985年「ぶ~け」掲載
これは舞台が1940年代の「ティファニー~」よりも前の禁酒法の時代の物語ですが、ヒロインのカルラさんは1920年代に活躍したアメリカ人女優ルイズ・ブルックスにお姿を借りていますが、蓮っ葉っぷりと根無し草っぷりはホリーといい勝負。また、主人公の新聞社カメラマン、オーガスタスとの関係性は、「ティファニー~」の主人公とホリーのそれに似てるなという気がします。「ティファニー~」も「ハッピーエイジ」も「恋愛になってもおかしくないのにさっぱり恋愛にならない」話ですが、それも「ダイアモンドのギター」を読むとなんか納得させられました。

岩井俊二「キリエのうた」 2023年公開
これね、広瀬すず演じる逸子さんがホリー・ゴライトリーですね。ギター持ってるし嘘つきだし。とても美しい女優さんが演じなければいけない役でもあったわけで。するとあの場面のあの人の設定も合点がいく...(公開中なのでこのくらいで)。

ホリー・ゴライトリー、まっとうではない生き方しかできない根無し草ヒロインとして、永遠のアイドルなんですね…。

「スルーロマンス」の面白さは、ヒロインのふたり(菅野翠、待宵マリ)が東京で生活している32歳で、果てしない可能性があったはずの人生がどんどん狭まってきて、「これが現実なの!?」と叫びたくなるものになってきた時期であること。そしてつかんだと思ったロマンスは手からこぼれ落ちてしまう…「トゥルーロマンス」になれない「スルーロマンス」な日々…ああなんか身に覚えあるっ!! と、つい自分に置き換えてしまいたくなるというか語りたくなる作品です。

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