院政と白河上皇 研究者と学ぶ日本史

堀河天皇が亡くなると、白河上皇は鳥羽天皇を立てて院政を始めます。院政は意図的に準備されたわけではなく、偶然の積み重ねによって始まったのです。白河・鳥羽院政を経て保元の乱へ至る経緯を詳細に検討します。

堀河天皇に譲位したとき、白河上皇は堀河・師通による摂関政治への復帰を思い描いたかも知れません。しかし、師通、堀河の相次ぐ死去によって、予想もしなかった院政が始まります。持統上皇と白河院の統治権力の法的根拠の違いなど院政の仕組みを学びます。

後三条天皇と禎子内親王は、実仁親王を白河天皇の皇太弟にします。実仁親王が亡くなると、白河天皇は子供の堀河天皇に譲位しました。親政を行った堀河天皇が亡くなり孫の鳥羽天皇が即位すると、白河上皇の院政が始まります。

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K.Matsumoto

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