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アクティビティには目的がある

いつからか広告などで目にするようになった『アクティブシニア』という言葉、
どういう意味なのか私は知らない。
なんとなく、笑顔の老夫婦が仲良くウォーキングしていたり
旅先でご馳走を食べていたりする風景が目に浮かぶ。

65歳以上の人の割合が、全人口の3割に迫っているらしい。
そういわれるとたしかに
商店街、公園、駅、スーパー、図書館、ちょっと歩けばどこでも
巣鴨に行かなくても元気なシニアにたくさんお会いできる。

母も、認知症と診断される前から1日5000歩くらいは歩いているので
比較的アクティブな80代なのだろう。
一緒に出かけると、ヤング向けの洋服店をハシゴするし
北欧雑貨店で面白いものを探したりするし、
放課後の高校生の行動力とあまり変わらない。

あるとき母の情緒が急に不安定になり、突然怒ったり悲しくなったり、
感情が爆発した。
レビー小体型認知症と診断されて間もない頃で、これからどうなるんだろうという大きすぎる不安が心を押しつぶしそうになっていたのだと思う。
家族のことを信じられなくなり、
「自分だけが一人どこかに追い出される」という妄想が出はじめたのも同時期だった。

なんらかの怒りスイッチが入った母は、突然ひとりでとびだして行った。
私は仕事をほっぽりだし、慌てて後を追いかけた。
歩くスピードは早くはないので、少し距離を保って後ろを歩くことにする。
これはもしや人生初めての尾行?と一瞬ワクワクしそうになったが楽しんでる場合ではない。
姉にも連絡して、途中から合流してもらうことになった。

電車を乗り換え、向かったホームから推察すると、
おそらく隣の県にある母の実家近くの親戚のところに向かっているようだ。
突然訪ねたら迷惑だし、びっくりされるに違いないと思った私たちは
親戚に電話して今の状況を説明した。
若い頃から母と仲良しのとても優しい人で、最寄り駅まで来てくれるという。
ほんまに、ありがとう。
トンネルが多くなってきた快速電車の中で少し泣きそうになった。

やはり母は、実家のある駅で降りた。私と姉も10メートルくらい後ろを中腰でついていく。
「あ、お母さんトイレに入った」「階段のところに隠れよう」
などと改札内で変な動きをしていると、
駅員さんがおもむろにエスカレーターの手すり掃除を装って私たちを観察しに来た。
怪しい者ではございません!いえ、怪しいですが悪いことはしませんので!
と言いたかったが言えない。

トイレを済ませて改札を出た母に、意を決して声をかけた。
「おかあさん、どうしたん」
困ったような怒ったような顔でしばらく私たちを見て、
「なんでこんな悪いことするの…」と呟いている。
会話にならない問答をしていると、ほどなくして親戚のお姉さんが来てくれた。
「どうしたのー」
「あのね、私、%#@◎□で、○×△☆♯♭やねん。どないしたらいいんやろ?
おじいちゃんおばあちゃんにお参りしたい」
泣きながら小声で話しているのであまり聞きとれなかったが、やはり実家に行きたいようだ。
「いいよ、そしたら今から行こうか」
もう日も暮れようとしている時間なのに、彼女は私たち3人を車に乗せて連れて行ってくれた。とても自然なおしゃべりをしながら。
(なんてやさしい人なんやろう…! ほんまにありがとう!)
マスクに涙がじわじわとしみ込んだ。
母はゆっくり話を聞いてもらい、祖父母の仏壇に手を合わせてようやくほっとした表情になり、その日は落ち着いたのだった。

突然の小旅行。あるいは実家への帰省。
これは「徘徊」とは言わない。
認知症の症状を説明する際に使われている「目的もなくうろうろと歩きまわる」という表現は、何か違うと思う。

その2週間後に母はまた突然出て行って同じ経路をたどり、
私があとを追いかけることになる。
もちろん、あの優しい親戚に会いにいくという目的があるからだ。

アクティブなシニアの生活は続く。

2021年4月の出来事。


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