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【1話無料公開】『10歳からの考える力が育つ20の物語』第3話「3匹の子ブタ~オオカミだって生きなきゃならない!~」

『10歳からの考える力が育つ20の物語 童話探偵ブルースの「ちょっとちがう」読み解き方』(作:石原健次/絵:矢部太郎)
正義の反対は、なんだろう? 
人気放送作家の石原健次さんがストーリーを書き、『大家さんと僕』を描いた矢部太郎さんが挿絵を担当するこのちょっと変わった物語は、そんなテーマの本です。
誰もが自分を正義と信じて、相手を悪だと決めつける。だとすれば、「正義の反対は悪」ではなく、「正義の反対は、正義」かもしれない。とりわけ現代では、その視点が必要なのではないでしょうか。
この本では、童話探偵ブルースと秘書シナモンが、世界の名作童話を「これまでとはちがう視点」で読み解いていきます。

ブルースとシナモン


3匹の子ブタ~オオカミだって生きなきゃならない!~

ギコギコギコギコ……。
「やれやれ、まいったなあ」
ブルースは、頭の上をポリポリかいた。
昼下がりの童話探偵ブルースのオフィス。
この日 、ブルースは趣味で書いている小説が、思うようにはかどらずにいた。その原因は、窓の外からなりひびいてくる耳ざわりな音のせいだ。
本格的な大工道具とたくさんの木材を持って出勤してきた秘書シナモンは、休み時間になるなり、いそいそと庭のテラスに出てなにかをつくりはじめた。
ギコ、ギコギコ。
ギッ、ギ……。
ギイー。
たまらずブルースがテラスに出てみると、きりっとした目つきのシナモンが、一心不乱にノコギリで木材と格闘している。
「いったいなにをつくっているんだい?」
シナモンは手を止めて、元気いっぱいに答える。
「母への誕生日プレゼントです!ロッキングチェアをつくってるんです!」
ピンクの前髪が汗にぬれて、おでこにぺったり張りついている。
「そりゃ意外だ!ところでシナモン、すこし休んでお茶にしないかい?」
「はい、よろこんで!ちょうどのどがかわいてきたところでした」

ブルースの提案で、リビングでティータイムをすることになったふたり。シナモンが、お茶の用意をしながら、くわしいいきさつを話しはじめた。

「わたし、三姉妹の末っ子なんです。母の誕生日プレゼントに、前から母がほしがっていたロッキングチェアをつくってよって姉ふたりにたのまれて。わたし、DIYが得意なんですよ。けど、姉たちは材料費を出しただけで、なんにも手伝ってくれないんです。ひどくないですか?ゆらゆらゆれるあのイスを、わたしひとりでつくるのはめちゃくちゃ大変なんですよ」
そこまで一気に話してから一口お茶を飲み、「あ……、ひょっとして、うるさかったですか?」と思い出したように気をつかうシナモン。
ブルースは「そんなことはない」とだけ言っておいた。
母親をよろこばせたい一心のシナモンに、心やさしいブルースは、テラスで作業することを認めることにしたのだ。

しかし、シナモンはどんどん加速していく。
「うちの姉たちって、いつもそうやって面倒なことはわたしに押しつけるんですよねえ。わたしは、小さいころからずっと損な役まわりで……」
そこへ、オフィスのチャイムが鳴った。いつもの郵便配達だ。

ピンポーン♪
「はあーい!」
シナモンがティーカップを置いてさっと立ち上がる。ようやく解放されたブルースは、こっそりほっと息をついた。
「本日の依頼書です!」
いつものように愛用のペーパーナイフで封を切り、1 冊の童話を取り出すブルース。表紙には3 匹のブタの絵。童話のタイトルは……、
「『3 匹の子ブタ』……か」
「今回は『3 匹の子ブタ』ですね。では、さっそく現場にむかいましょう!」
グチなど忘れてしまったようにシナモンが張り切る。白くて丸いミートバンに乗りこむと、ブルースがモニターに『3 匹の子ブタ』とインプットした。
「この物語の舞台は、18世紀のイギリスだ!」
エンジンをかけ、アクセルをふみこむと、白くて丸い車体はすうーっと浮かび上がり、異空間へと消えていった。

3匹の子ブタ
あるところに、仲よしだけど性格のちがう3 匹の子ブタの兄弟がいました。兄弟はお母さんに言われて、それぞれ自分の家を建てることになりました。
長男は、めんどくさがり屋な性格。かんたんな、わらをつみ上げただけの家を建てました。次男はちょっとだけがんばって、木のえだを使って家を建てました。末っ子は慎重な性格で、ふたりの兄が家をつくり上げたあとも、せっせと毎日レンガをつみ重ね、がんじょうな家を建てました。
3匹の家が完成したある日、三兄弟が遊んでいるのを腹をすかせたオオカミが見つけ、突然おそいかかってきました。3 匹はそれぞれの家へにげこみます。
「ふん、家なんかこわしてやる!」と、オオカミは長男のわらの家を、ふうっと息でふき飛ばしてしまいました。
長男は「助けてくれえ!」と次男の木の家ににげこみますが、オオカミは木の家もあっという間にふき飛ばしてしまいました。
「うわああ!」「助けてー!」と兄たちは、末っ子の家ににげました。
「へん、この家だってこうしてやる!」とオオカミは息をふきかけますが、がんじょうなレンガの家はいくらふいてもびくともしません。
エントツを見つけたオオカミは「ようし、ここから入れるぞ!」と飛びこみますが、その下の暖炉では火がたかれていました。「ぎゃあああ!」。
お尻を大やけどしたオオカミがにげていき、子ブタたちはしあわせにくらしました。


──シュッ!
異空間から出るなり、シナモンは首をのばして窓の外を見た。青い空がひろがっている。18世紀のイギリスに到着したのだ。
ふわふわとゆっくり高度を下げてミートバンがとまったのは、森林がおいしげり、広大な田畑の間を川がながれる、とてものどかで自然ゆたかな場所。
ここが、『3 匹の子ブタ』の舞台──。


「うわあ、空気がおいしいですね」
ミートバンからおりたシナモンが、のびのびと気持ちよさそうに言った。 
ブルースも思い切り息をすいこんでみた。シナモンの言うとおり、空気がみずみずしくてさわやかだ。
シナモンが空模様のファイルを取り出して、説明をはじめる。

「イギリスでは、オオカミは18世紀なかばにいなくなってしまったそうです。大むかしからほかの動物や旅人の被害がたえず、ときには王様からオオカミ狩りの命令が出たこともあったみたいです。だから『3 匹の子ブタ』でも、こわいキャラクターになってますね。ほかの物語でも、ほとんどがどうもうな獣として描かれていますし、たしかにオオカミって、ライオンやヒョウと同じくらい、出くわしたら生きて帰れないイメージですもんね」

ブルースとシナモンは、まず3 匹の子ブタそれぞれの家にむかった。
最初にたどりついた場所は、家があったとは思えないほど殺風景だ。
だがよく見てみると、あちこちにわらが散らばっている。
「ここは長男のわらの家があった場所ですね。あ〜あ、オオカミにふき飛ばされて、ほとんどのこっていませんよ」
ブルースはマントの下でうでを組んで、じっと家があった場所を見つめている。風がふいて、ブルースのマントやシナモンのポニーテールをゆらした。オオカミにふき飛ばされたわらを、風がすこしずつ散らしていったのだろう。

続いて、ふたりがおとずれたのは次男の家。
「ここが次男のつくった木の家です。と言っても、木のえだでつくったようですね。これでは、ひとたまりもないです」
シナモンがしゃがみこんで、落ちているえだをつまみ上げた。ブルースはやはり、じっと家の残骸を見つめている。

最後に末っ子が建てた家の前に立つと、つみ上げられたレンガがドーンとふたりの前にそびえたっていた。これでは、オオカミがどんなに強く息をふきかけても、とても太刀打ちできるものじゃない。
ひとまわりして、ブルースは家の前に立ち、エントツを見上げた。
「本当に立派な家だね。あのエントツからオオカミは、この家に入りこもうとした。そもそも家をふたつもふき飛ばしたんだから、すごい執念だったんだ」
「はい、そのとおりです。そしてこのお話には、末っ子の子ブタのように『物事は時間をかけてコツコツがんばらないといけない』という教訓があります」
ブルースがポーチに腰を下ろすと、シナモンもとなりに腰かける。やがてブルースは、『3匹の子ブタ』の読み解きをはじめた。

「そもそもこの物語は、〝オオカミが悪者である〟という前提で書かれているが、果たしてそうだろうか?肉食動物のオオカミにとって、子ブタをおそうのは生きるために必要なことだよね?」
「たしかに、わたしたちだって魚や動物を食べていますから。でも、ブタからしたら悪なんですよ。わたしたちを食べる生き物が現れたら、その生き物はわたしたちにとって悪じゃないですか」
そう言うシナモンを見て、うれしそうに笑みをこぼすブルース。
「なにがおかしいんですか?」
「いや、今まさに君が答えを言ったから」
ブルースは話しはじめる。
「君が言ったとおり、この話はあくまでブタの立場から成り立っている。オオカミの都合や正義が一切、話の中に出てこない。ブタの側からの視点だけでオオカミを悪にしてしまうのは、今の時代にはとても危険な考えだ
そしてブルースは、こう問いかけた。

「正義の反対はなんだい?シナモン」

「そりゃ、悪あくじゃないですか?」
「いいや、ちがう。正義の反対は、もうひとつの正義なんだよ

「もうひとつの正義?それ、どういうことですか?」
「人はみな、〝正義〟の反対は〝悪〟だと信じ、相手を悪だと決めつけにくむ。それは相手も同じなんだ。むこうも自分を正義だと信じ、相手を悪だとうたがわないということだよ」
「だからもめごとが起きるわけですか」
人はそれぞれ、自分の置かれた立場や環境によってちがう正義を持っている。だからどちらが正義でどちらが悪か、かんたんには言えない。わたしにとっての正義は、シナモンにとっての悪だったりすることがあるんだ」
「そう言われれば、ケンカをしている人たちを見ていると、どちらも自分がただしいと言い張っていますよね……、あっ」
ブルースの言葉に、シナモンはふとなにかに気づいたようだった。ブルースはもう一度エントツを見上げ、せまい筒の中を落ちていくオオカミを想像した。

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「この時代のオオカミは、人間の手によって絶滅しかけているんだったね。なら、群れからはなれるのは命がけだったんじゃないか?のこしてきたわが子に食事をあたえるために、必死だったのかもしれない。だからエントツから家に入ろうなんて、無茶な行動に出たのかもしれない。子ブタが必死ににげたのと同じように、オオカミだって生きるために必死だったんだ
さらにブルースは続ける。
「今の時代、いったん悪だと決めつけると、よってたかってその相手をたたくということが起きている。しかし、相手の立場に立って、その正義をすこしでも想像することができたら、一方的に責めることはできないはずだ。自分の身を守ろうとした子ブタも正義。ただ、オオカミにもまた、正義があったことを知っておくべきだ

「たしかに……」
そうつぶやくと、シナモンはしばしだまりこんだ。しっぽがゆらゆらとゆれる。ブルースはのんびりした顔で待った。やがてシナモンは、ふっきれたような顔でさっと立ち上がった。
「では、童話探偵ブルース。今回の読み解きの結果、現代に活かす新しい解釈をお願いします!」
ブルースは立ち上がり、服をととのえて背筋をのばした。

「今回の読み解きの結果 、『3匹の子ブタ』を現代に活かす新釈──。正義の反対は、もうひとつの正義!こちらの敵だから悪だと、決めつけるべきではない!だれかと意見がちがったら、なぜそんなことを言うのか?なぜそんな行動をとるのか?相手の立場に立って想像すべし!そうすれば、今よりすこしは争いごとがなくなる……かもしれない」
「かしこまりました!報告書にそうまとめて提出しておきます!」

川べりにもどると、ぽっかり丸いミートバンがふたりを待っていた。シートベルトをかけながら、レンガの家の方向をふり返るシナモン。
「わたし、姉たちを悪く言うのをやめます。手伝ってくれないのは、なにか理由があるかもですし。でも、手伝ってほしいって相談はしてみようかな」すると、ブルースが思いもかけないことを言う。
「君の家族はみんな、とてもいい人たちだ。ちょっとイザコザがあったくらいで悪く言うのはよくないよ」
「はい。ですよね」
返事をしたあとで、シナモンは不思議に思った。
「あれっ? なぜわたしの家族のこと知ってるんですか?」
ブルースはエンジンをかけ、すまし顔でアクセルを強くふみこんだ。

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