終電

気がつくと
終電前の電車で寝てしまっていたようで
気づくと電車はちょうど梅田駅に吸い込まれていくところだった
膝上のリュックサックと、
向かいの席に揺れている顔、顔、顔たちが
意味を解除され
ただの凹凸としてぼくの視界を占めている
この居心地の悪さに
ぼくは寝ているうちに
なにを失ったのかを振り返りはじめた
失ったもの、それは降りるべき駅に降ろし損ねた身体や
飲み会の記憶だけではないように思われた
なにをどのように忘れたかという忘却の記憶を
ぼくは失っていた
ぼくは覚えている部分だけを覚えていて
覚えている部分だけがぼくであるかのように感じ
平気な顔をしている
でも
ほんとうは忘れたものがぼくを作っているんだ
なにを得てきたかという問いは
なにを得てこなかったかという問いと
変わるところはなく
忘れてきたものの目録を失うと
ここにいていいのだという許可証をも
同時になくしてしまうんだと気付いた

ああ、ここはどこだろう

知っているよ、次の駅が上新庄であることなんか
その次が南茨木であることなんか
これが準急列車であることなんか
直方体の動く空間に
座り、あるいは立ちながら
人間が目標を持たずして
目的地に向かっている
この無思慮の箱という
不気味さを
思い出していたんだ
恋人という別に恋いてもいない人間への不満や
結局はなんの関係もない隣人の記憶を代償にしてね

液体と固体が
適度な比率で混ぜこねられた
繊細性の物質たち

私はどこまでも他人事であります
「ドア、閉まります」

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