papillon

片羽根の折れた蛾が羽根をバタつかせながら転げ回っている
雲ひとつない春の日のベランダにはあまりにも似つかわしくない
白日に暴かれた蛾は色褪せている
飛べない蛾は蛾なのか
もうこの動く生き物が蛾でないのだとしたら
蛾という檻に閉じ込められたこの命を
埋めてしまった方がいいのかしらん
その無防備に太陽に曝された柔らかい腹を見ていると
家の急階段を這うように四本足で登っていた
曾祖母の後ろ姿が目に浮かぶ
弱った生き物に対する正しい接し方をぼくは知らない
曾祖母は孫と曾孫のなかでしょうちゃんが一番可愛いと言っていた
男の子のほとんど生まれないこの血筋では
ぼくはたしかに珍しい存在だったが
それよりも母や叔母、妹や従姉妹に対する
後ろめたさがぼくをむず痒くさせた
亡くなる数ヶ月前、縁側で日向ぼっこをしている曾祖母の横顔に
ぼくは死の匂いを感じ取っていた
ぼくの方を向いて微笑みかける
曾祖母にぼくはどんな顔を返していたのだろうか
ポカリスエットをペットボトルのキャップに注いで戻ってきたが
蛾の姿はもう見えなかった
世界が世界を解釈するために自ら作った傷口がぼくたちだとしたら
世界がぼくの鏡なのではなくて、ぼくが世界の鏡だろう
今日は空が青すぎる

(19/04/20 11:00)

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