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【小説】怪獣専門誌の編集部が巨翼と邂逅する話⑥ 20:30発、博多行き

阿蘇山での取材へ経費削減のため長距離バスで向かうことにした窓際編集長・飛倉。バスで出会った親子との交流を経て飛倉が得たものとは? ラドンを追うことに情熱を燃やす女性ライターと、出版社のお荷物・怪獣専門誌編集部によるドタバタお仕事物語

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登場人物
筆者の実家のネコチャン。上記相関図と同時選択されてしまったので消さずに載っけとく。かわいいからね

東京駅20:30発、博多行き高速バス

 ともあれ、取り掛かった仕事は進めなければならない。

 帝洋丸友不動産の広報担当者との間に入って担当してくれるのが、広告代理店・博愛AD社の細見氏だ。彼女とのメールのやり取りの末、取材日程は来週の月曜と決まった。当日は、午前十一時に熊本駅まで帝洋丸友不動産の九州支店長とともに迎えに来てくれるとのことだった。そこから車で阿蘇山の南東に位置する長白木村の目的地まで向かう段取りだ。

 一体どんなヨイショ記事を書かにゃならんのだ、と身構えていた飛倉らの憂いとは裏腹に、細見氏からのメールは非常に好意的で、遠路はるばるやってくる取材陣への気遣いから、当地での美味しい料理屋の紹介までがしたためられていた。

 彼女の勤務地は東京らしいから、取材陣が快適に滞在できるよう、わざわざ調べてくれたに違いない。

 千若などは、出来る社会人とはこういうものかと心持ちを新たにしたほど。飛倉はというと、そんなに良い場所であるならと、早めに現地入りして休日は熊本に滞在することを思いついた。世間のラドン騒ぎで落ち込んでいる当地の観光産業に、少しでも貢献できれば……という思いもあったが――。

 このごろの飛倉は疲れていた。一度、仕事に対する姿勢を見つめ直す時間が欲しかったのである。


 ミーティングが終わり、ちょうど昼のニュースの時間になった。週末の天気予報を知ろうと飛倉がテレビを点けると、熊本大学と国立環境化学研究所のあの研究チームが、中国、ロシア、米国と合同で阿蘇山の調査に入るとのニュースが報道されていた。

 彼らの調査が終わったら、その取材をラドン先生にしてもらおう、と思い至ったところで、当の●●からメールが届いているのに気がついた。

●●です。
実は今週から熊本へ物件探しに行ってきます!
なにか取材できることがあれば言ってください。
よろしくです!

●●a.k.a.ラドン先生

 今度の熊本取材は賑やかになりそうだった。

 ***

 当日朝に飛行機で現地入りすることになった千若に対し、飛倉は交通費を抑えるため高速バスを使うことに決めた。

 金曜夜に東京を出発、土曜昼に博多で乗り換え熊本へ向かう便を予約した。

 金曜日。週内に終わらせたかった仕事を片付けた飛倉は、ふと思い付いて、苦労の末に無事発売となった例の復興旅行ムックをカバンに入れた。そして、東京駅・鍛冶屋橋駐車場のバス乗り場へ向かう。

 午後八時十分、ターミナルで目当てのバスを見つける。座席数五六、トイレ付きのブルーの車体だ。乗車券に記された座席を探して乗り込む。4-D。前から四番目で、右側の窓際だった。他の座席も六割方埋まっているが、この並びは飛倉だけだ。このバスは新宿でも乗客を乗せるから、そこで座ってくる客がいるかもしれない。

 新宿のターミナルに到着すると、空いている座席をわずかに残す程度に追加の乗客が乗り込んできた。

「いい子にしててね」

 その声に目を向けると、赤いチェックのシャツにデニムのパンツを合わせた女性がいた。通路を挟んで反対側の座席に、小学校に上がるかどうかという年頃の男児を座らせている。

 その女性は落ち着きなく周囲を気にしているようすだった。それが気になって横目で追っていると、女性は軽く会釈をして飛倉の隣に座った。

 子どもの横の席には父親が座るのかと思ったが、やってきたのはスーツ姿の男性。子どもとは目も合わせようとしない。どうやら母子ふたり旅のようだった。急な予約で隣り合った席が取れなかったのかもしれない。

 ならばと飛倉は声をかけた。

「失礼、お母さん。私、お子さんと席替わりますよ」
「え……。そんな。いえ、大丈夫です」

 女性は遠慮がちに断ったが、親子が隣同士で悪いということはないだろう。

「いやいや、私もトイレが近くて、通路側だとありがたいんです。それにお子さんも窓際のほうがいいでしょう?」
「そ、そうですか。それでしたら、ありがとうございます」

 五〇人近くの乗客を乗せてバスは走り出した。

 飛倉には子育ての経験はなかったが、ふと、疑問に思ったことがある。目的地到着までひと晩と半日もかかる高速バスに幼児とふたりで乗り込む母子というのは普通なのだろうか?

 今は窓際に座った男児の身の回りの世話をしている母親だが、乗り込んでくるときは、しきりにバスの外を気にしていた。

 なにか事情があるのかもしれない。

 しかし、そんな飛倉の気がかりは、その男児がニンテンドースイッチを取り出して遊び始めたのを見てなんとなく解けてしまい、アイマスクを着けて眠りに落ちた。



 途中、サービスエリアで何度かの休憩を挟みつつ、東名、伊勢湾岸道、新名神、山陽道とバスはひたすら西へ進む。

 夜明けの空が白み始めたころ、バスは広島・廿日市市の宮島サービスエリアに入った。休憩の時間だった。

 バスが停車してもまどろみの中にいた飛倉の横で、隣の母子が降りていった。彼女たちの、空いた席に目をやると、なんと黄色い表紙の雑誌が置いてあるではないか。間違いない。書籍第二部が編集した、あの復興旅行ムックだ。

 まさかこんなところに買ってくれていた人がいたとは。もしかして記事を読んで熊本旅行を考えてくれたのだろうか。

 子どもとともに休憩から戻ってきた母親に、自分も持ってきていたそのムックをカバンから取り出しながら、思わず話しかけてしまった。

「あの、その雑誌、私たちが作ったんです。買って読んでくださってありがとうございます」
「えぇ……。あ、はぁ。そうなんですか……どうも……」

 会話はこれだけで終わった。バスがサービスエリアを後にしてから五〇㎞ほど走ったころ。会ったばかりの女性に気安く話しかけてしまったことについて、飛倉は深い後悔に苛まれていた。



 博多駅前のバスターミナルに到着したのは十二時過ぎだった。ここで熊本行きのバスへの乗り換えがある。

 バスから降りると、コンクリート打ち・ガラス張りで締まった印象を与える待合室がある。次のバスが出発するまで一時間ほど待ち時間があるので、近くに食事に行くのも手だが、まずはスマホでメールをチェックしようとソファーに腰掛けた。

 すると同じソファーにあの母親が子どもの手を引いてやったきた。

「あの……。隣、いいですか……?」
「えぇ、もちろん」

 母子が座れるように、横にずれる。

 ソファーに座った母親は時間を気にしているようだった。壁の時刻表示を見たり、子どもに話しかけたりしてから、飛倉に言葉をかけてきた。

「あの本、黄色い旅行の雑誌に、実家のある熊本のことが書いてあって、私たち、それを読んでバスに乗ったんです……」
「そうでしたか。記事を書いたライターも喜びます」

 だが、その喜びとは裏腹に、母親から語られたのは飛倉が想像だにしなかった苦労話だった。

「地元にはずっと帰ってなくて。生活もたいへんだし……。そしたら本屋でたまたまこの本を見かけて、地元がすごくよく紹介されてたので、懐かしくなって……」

 ポツリポツリと、女性は身の上を語る。

 十代で母と死別。父親とも大喧嘩をしてしまい、勘当同然で家を飛び出したこと。

 東京でひとり働き始め、好きな人ができ、結婚をしないまま子どもを産んだこと。その子の父親とは連絡が取れないままがむしゃらに働いたこと——。

 無理が祟って身体を壊し、フルタイムで働けなくなるとたちまち生活は困窮した。聞けば、昨日が都営住宅の差し押さえ執行予定日だったのだという。

 朝、代理執行業者が訪れる前に、子どもを連れて、身の回りの荷物だけを持って女性は街へ逃げた。当てもなく新宿の街をさまよった末にふと立ち寄った本屋で目に飛び込んできたのがあの旅行ムックだった。

「この子にも一度でいいから人並みの旅行をさせてあげたかったなって、何気なく手に取ったあの雑誌に、地元のことが載っていて……。あの海辺の海鮮屋さんで私、学生のころバイトしていたことがあるんですよ。まだあったんだ……。それで、最後の最後に一度だけ、地元を、父を頼ってみようっていう気持ちになったんです。ずっと連絡もしていなかったんですけど」
「……。それでバスに乗り込んだんですね……」

 飛倉は言葉が続かなかった。バスで、隣の席に座った母子が、ニンテンドースイッチで無邪気に遊んでいた子どもの母親が、これほどの窮状にあるとは予想もつかなかった。

 思えばこの母親の言動からは、一貫して子どもを優先しているようすが見て取れる。ゲーム機を買い与えたのも、せめて遊びだけは他の子どもに劣等感を抱かせないようにという思いやりだったのではないか。

「それで、このあとは御父上のいる熊本へ?」
「はい。でも、バスには乗りません。昨日、思い切って父に連絡したら、このターミナルまで車で迎えにくるって言ってて……」
「ああ、それはよかったですね」
「……私のこと、わかってくれるかな……」

 もし本屋で、彼女が地元で暮らす父親のことを思い出さなかったら、ほかに頼れる人はいたのだろうか?

 勘当同然だったという父親に会えたとして、援助を受けられる保証は……?

 食事に出ようなどという気持ちはなくなってしまい、飛倉は待合室での時間を、そわそわと迎えを待つ母子とともに過ごした。

 子どもにスイッチのプレイ画面を見せてもらったり、母親と一緒に貧困支援団体の連絡先を調べたりしながら、いつもよりゆっくりとした時間の流れを感じていると、彼女の視線が待合室の外に釘付けになった。

 全面ガラスのウィンドウから見える道路の路肩に停車した黒の軽自動車。運転席で六〇代と思われる男性がこちらを見つめていた。

「……。父です……」  

 飛倉に、それでは、と軽く会釈をすると、母親は子どもを連れて待合室を出た。

 助手席の窓が開き、二言三言、言葉を交わす父娘。一度、子どもを抱えて助手席に乗り込もうとした母親は、父に何かを言われ後部座席のドアを開けた。そこに据えられていたチャイルドシートに子どもを座らせて、母親も助手席に乗り込むと、車は街へ走り出した。

 母親は一度も振り返らなかった。

 だが、前日にいきなり、子どもを連れて帰ると連絡を受けたはずの父親の車に、きちんとチャイルドシートがあった理由に気づいたとき、飛倉の心には深い安堵が広がった。

次の話につづく↓

※この物語はフィクションです。登場する人物・企業・出来事は、実在する如何なるものとも無関係です。

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特撮怪獣映画『ゴジラ』(1954)でヒットを飛ばした東宝が、1956年に公開した『空の大怪獣ラドン』。いいですよね『空の大怪獣ラドン』。2年後、2026年には70周年です。

先日、調布シネマフェスティバルの『空の大怪獣ラドン<4Kデジタルリマスター版>』上映イベントに行ってきたのでレポも書きました。

★この小説は、本作のファンサークル「ラドン温泉」が2022年冬のコミックマーケットC101で頒布した合同誌に収録されたものです。ラドン70周年を盛り上げるべく、修正して公開します。

元ネタは友人のキミコさんによる短編の世界観です↓

元ネタ(聖典)↓

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