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出張ルーティーン「喫茶店ログ」

2,3年前のこと、僕の会社では頻繁に出張があった。地域は日本全国、北海道から沖縄まで、期間は2泊3日程度。部下と2人での出張だ。僕はもともと旅行が好きな方なので、出張は嫌いじゃない。しかし出張は、旅に比べ、その土地の雰囲気、空気を味わう時間的余裕がないのが難点だ。そして時間がない中で、最も困難なことが、美味しいお店を探すことだ。

確かに「食べログ」などのポータルサイトを利用すれば、いくらでも情報は手に入る。最初はこの手を使っていたが、全く満足いくお店に当たらなかった。満足いかないお店の特徴は、その土地の名物を出してはいるが、観光客目当てに過度に名物を押している。そのためお客さんが、観光客だらけ。そういうお店行ってしまうと、店員さんに何を聞いても、観光客相手の、通り一辺倒の答えしか返って来ないことが多い。旅の醍醐味は、地元の人との情報交換だと思っている僕は、いつも不満だった。

そこで編み出したのが、スタバやドトールなどのチェーン店ではなく、個人経営の喫茶店に寄って仕事をする。そのついでに店主に美味しいお店を聞くことだった。僕はその行為を「食べログ」にちなみ、「喫茶店ログ」と呼んでいた。この「喫茶店ログ」は効果的で、かなり良いお店に当たった。「喫茶店ログ」をするようになってからは、ひと仕事が終わったあとの夕飯を、教えてもらったお店で食べることが出張最大の楽しみになった。

方法を紹介したい。地元の人が集まりそうな古い個人経営の喫茶店を見つけて入る。店主が年寄りの女性なら、ほぼ当たりだ。そこで、珈琲一杯だけではなく、だいたい2人で2,000円以上注文する。ちょっとお金を使った方が、話し掛けた時の反応が良いからだ。あとは頃合いを見計らい、こう言うだけだ「僕たち、仕事の出張で来ていて、今日は泊まりなんです。ココらへんで美味しいお店を教えていただけませんか?」と。大抵「え〜。美味しいもの?なんだろ?」みたいな感じでスグ出てこないことが多いが、そこから「何が食べたいの?」とか「どこに泊まるの?」とか「何時頃から空いてるの?」とか会話が始まり、最終的には、「じゃ、〇〇かなぁ。」とお店の名前が出てくる。こんな感じで、今まで何軒もの美味しいお店を紹介してもらった。出張で時間がない中で、旅気分も味わえた。その中で、特に印象に残っている、旅気分を味わった経験がある。香川県高松で寄った喫茶店だ。

その喫茶店は、高松駅からちょっと離れた所にあった。店主は見た感じ、もうちょっとで70歳に手が届くくらい。背の低い小柄な女性で、ちょっと動きがスローになり始めているが、まだ言葉はしっかりしている。若い頃は結構可愛かったんじゃないかと思う整った顔立ちの人だった。僕は、僕達の2杯目の珈琲を飲み終わった頃合いで、いつものセリフで切り出した。すると店主は、僕と2,3個の会話のやり取りのあと、突然電話をかけだした。そして、「今、知り合いが来るから、その人と話してみてください。」と言うのだ。あっけにとられて、「いや、そこまでしてもらわなくても大丈夫です。」「悪いから、こちらに来るのをお断りしてください。」と僕。だが店主は「大丈夫。どうせ来る予定だったから。」などと聞き入れてくれない。いや、だって電話で呼んだじゃん。どうせ来るとかじゃないじゃん。と思っていると、わずか5分足らずで知り合いが登場した。その女性(店主よりちょっと若い60前半だと思われる)は、お店に入って来るなり、店主に「〇〇はもう辞めちゃったのよ、だから△△が良いわね」と言い。僕らに「どこに泊まっているの?」「仕事終わったら、ここに電話頂戴、迎えに行くから」とメモを渡しながら言う。あっという間に後戻り出来ない雰囲気だ。僕は部下にアイコンタクトで「ごめん。もうコレは行くしか無い。」と伝え、知り合いの女性には「分かりました。では20時ごろ仕事が終わるので、宜しくおねがいします。」言い、店主へお会計をして仕事に向かった。

仕事が終わり、ビジネスホテルから知り合いのオバちゃんへ電話すると、「もう、すぐ近くに来ているから、用意ができたら出てきて。」と言う。僕らはもう、ちょっと怖くなってきた。まさか何処かに連れて行かれて、身ぐるみ剥がされるようなことは無いだろうと思いつつも、明らかに親切すぎて恐ろしくなっていた。僕らは部屋で、こっちは男2人、向こうは60過ぎのオバちゃん、いざとなればなんとかなるだろうと話しを終え、ホテルを出てオバちゃんの車に乗り込んだ。車では、オバちゃんの身の上話や、僕らが感じた香川県人の特徴などを話した気がするが、詳しい内容は覚えていない。ただ漠然と、このままではイケナイという思いで車に揺られていた。僕は助手席で、なんとかこの状況を打破する方法をずっと考えていた。なんでこんなに心苦しいのか?親切過ぎるから?たぶん、与えられ過ぎなんだ。コレはお返ししなくてはならない!そう閃いた僕は、「お金を下ろすので、コンビニ寄ってください。」と言い、コンビニに着くと、部下にお金を下ろすフリをさせ、自分は一人、ジュース、お水、お茶、お菓子、ケーキなどを袋いっぱい買い込んだ。僕は車に戻ると、「コレ、つまらないものですが、持って返ってください。」と言って、オバちゃんへ手渡した。もちろん断られたが、そこは強引に、僕らはこれから食事なので無駄になってしまう、と言って受け取ってもらった。これは苦し紛れの行為だったが、なんだか落ち着いた心持ちになった。親切行為をやられっぱなしではなく、自分も一矢報いたことで、僕の心に平穏をもたらした。またこの時、はっきりと認識したことがあった。「喫茶店ログ」は、食べログから、情報を得て、観光客ばかりなお店で食事することより素晴らしい。喫茶店店主との情報交換があって、お店も素晴らしいお店が多かった。ただ、もっと旅気分を味わうなら、親切の交換が必要なのだ。

この時のオバちゃんの場合は、親切が一方通行で僕たちに流れこんでいたことが、とても心地悪く感じていたのだ。だがコンビニのお土産によって、こちらの親切もオバちゃんへ流れた。この親切の交換をした瞬間、旅気分はより一層強くなった。

そんな事を考えているうちに、車は目的地のお寿司屋さんに着き、オバちゃんは寿司屋の大将と軽く挨拶して帰って行った。お店の料理が美味しいのもさることながら、僕はオバちゃんへ親切を一矢報いたことで機嫌も良くなり、リラックスして楽しく大将と会話し、地元のお客さんとも会話をして、すっかり上機嫌だ。そして3時間後、一通り飲み、食べ、満足して帰りのお会計をしようとしたその時、僕の電話が鳴った。あのオバちゃんからだ。「ハイ。どーしました?」「そろそろ終わりだと思ってね。迎えに行くよ。」僕はちょっと身がすくんだが、「はい。お願いします。」と返事をした。

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