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味覚は記憶をそっとたどってくれる

バングラデシュには「チャドカン」と呼ばれるお茶屋さんが道端にたくさんある。小さなティーカップに入ったミルクティーやチャイを飲んだり、お菓子を食べられる場所で、簡易式カフェのようだ。

これまでに東南アジアを数カ国旅してきた経験に基づくと、路上で出会うご飯はだいたいとても美味しい。現地の人が毎日食べる場所だから食材が腐っていることもないし、何より長い間紡がれてきた文化が小さな一皿にぎゅっとつまっていることに感動してしまう。

今回目的地に向かう途中に寄ったチャドカンで飲んだミルクティーは、いままでに飲んだどんなミルクティーよりもおいしかった。

作り方はとてもシンプル。濃い紅茶と砂糖、大きな銀色の鍋でふつふつと沸騰させたヤギのミルクを混ぜ合わせる。最後に茶こしでこして小さなガラスのコップに入れた後、軽く混ぜるだけで完成だ。

コップの洗い方とか、どこの水をつかっているのかとか、衛生的に気になる箇所がないわけではない。でも一度沸騰させているから大丈夫と、自分で自分を安心させる。何よりあたり一面に立ち込めるミルクの匂いをかいだら、飲まずにはいられなかった。おそるおそるミルクティーを口にいれると「おいしい」という言葉が反射的にこぼれる。少しとろみがあって、ミルクのコクがあって、ほっとするような味が口いっぱいに広がった。

私の好きな本の一冊に森下典子さんの「いとしいたべもの」という本がある。とくに共感したのは「たべものの味には思い出という薬味がたっぷりついている」という一節だ。

味覚というのは優れもので、味だけでなく、味をきっかけに色々な思い出も思い出させてくれる。社会人一年目の夏、上司からとんでもなく怒られた後にひとりで泣きながら食べたタリーズコーヒーのパスタ。今ではタリーズコーヒーでメニューを見る度にあの時の気持ちが蘇ってくる。タリーズコーヒーにもパスタにも全く悪いところはないが、もう私は2度とあのパスタを食べないだろう。

おそらく屋台とか、路上とか、そういったカジュアルな場所で食べる料理がおいしいと感じるのは、その場の雰囲気や目の前でつくってくれる人との会話もスパイスになっている。夏のお祭りで友人と買ったやきそばを、家に帰ってひとりで食べてもあまり美味しくは感じない。

今年の夏は、宮城県の石巻市で開催される大きなアートイベントで飲食のお手伝いをさせてもらうことになった。訪れてくれた人がいろんな思い出を持ち帰ってくれるような、あのチャドカンで味わったミルクティーのようなほっとする味を、私も誰かに届けられるようにしたい。

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misa

1993年生まれ。記事執筆や編集が主な仕事です。東京や石巻、バングラデシュを拠点に活動中。アジアの躍動感に惹かれ大学でフィリピン語を専攻。新聞社の経済部記者などを経て、2019年5月からフリーに。
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