見出し画像

【絵本レビュー】 『フォックスさんのにわ』

作者:ブライアン・リーズ
訳:せなあいこ
出版社:評論社
発行日:2019年10月

『フォックスさんのにわ』のあらすじ:

フォックスさんと犬は離れたことがない。いっしょに遊び、おやつを食べ、同じ音楽を楽しんで、冒険にも出かける。とりわけ好きなのは、いっしょに庭仕事をすること。でもある日、思いもしない悲しいことが起きて……フォックスさんは庭をめちゃくちゃにたたきこわしてしまった。豊かな土地はそれでも何かを育まずにはいない。


『フォックスさんのにわ』を読んだ感想:

大切なものを失うことは、とても辛いことです。

私の父はコロナ禍が始まる前年に亡くなりました。その年の初め母から父の容態が急変したので帰ってきて欲しいと連絡があり、息子を連れて急遽帰国しました。「この数週間が最後だと思う」という母の言葉から、滞在を一ヶ月半と予定して組み、旦那は後から来るということになりました。

きっともう声を出す元気もないのだろうという私の予想は、良い意味で裏切られました。父はすこし痩せたものの意識もしっかりしており、久しぶりの孫の姿を興味深そうに目で追っていました。時々は車を動かせる手に持って、一緒に遊んでいたりもしたのです。

「なんだか元気になっちゃった」という母に、当時家に出入りしていた看護婦さんが言いました。
「風の子さんに会えて嬉しいから、頑張っているんですよ。家族に愛されていた人は、病院にいても家族が来るまで逝くのを待つことが多いんですよ。」

その彼女が話してくれたとおり、父は私たちがドイツに帰って少ししてから逝きました。死に際に立ち会えなかったという後悔はありません。寝たきりであってもまだコミュニケーションが取れて、孫と遊べるくらいの元気な父の姿を最後の姿として記憶しておけることを、私はありがたいと思っています。

父が亡くなった時の私の心配は母でした。父を世話していた最後の数年間、母は身なりも構わなくなっていました。髪の毛はお椀をかぶせて切ったみたいなままで、服も寝巻きなのか外着なのかわからないようなものを一日中着ているという始末でした。予想をはるかに超えて長期戦となった看病生活に疲れていた上に、終わりの見えない毎日に鬱状態になっていたのではないかと、当時旦那と話していました。

そんなに全てを入れ込んでいたいた父が亡くなって、投げやりの生活人なってしまうのではないかと私はとても心配していました。父が残した物の中にただ座って日が過ぎる。そんなふうになってしまうのではないかと内心恐れていたのです。

身内だけでする簡素な葬儀は、一週間後に行われました。その間父は霊安室にいたのですが、私はほぼ毎日スカイプをしました。母がスクリーンをオンにするたびに母がどんな状態なのか見るのが怖くて、なんとも言えないドキドキ感があったことを覚えています。

父を霊安室に移したその午後にスカイプをしたとき、その変化に驚いたのは私でした。父が十年も寝ていたベッドが無くなっていたのです。その周りにいつもあったいろいろな機械も、常に常備されていたいろいろな薬品が入っていた可動式棚も無くなって空っぽになった部屋に母は座っていました。後ろには仏壇と綺麗に飾られた花が見えました。小さな部屋でしたが、なんだかがらんとして広く見え、以前よりも明るく見えました。

「ベッドを返したの」
母が言いました。
「パパが来ていた服も片してるんだ。新しいのはチャリティにあげても良いかも。残ったおむつはメルカリで売るよ。」

パジャマではなさそうな緩めの部屋着を着た母は、悲しそうだけれど少しすっきりした顔をしていました。
「よかった」
母と話した後、そう私は旦那に言いました。父がいなくなり、父が日々使っていたものをすっかり片してしまうことはとても辛いことだと思います。四年経つ今でも、息子が「おじいちゃん」という言葉を口にするたび目を潤ませています。でも母はこの四年間大きく変わりました。

まず美容室へ行き、すごいことになっていた髪型を隠すためパーマをかけ、新しい服を面接用に数着買いました。毎晩フェイスパックも始めました。長い間放っておいた家の中にも少しずつ手を加えています。小さな庭には花が咲き、トイレの壁も自分で張り替えると宣言しています。簡単に就ける飲食業を辞め、新しい仕事にもチャレンジしました。他の人に遅れを取らないようにと毎晩YouTubeで勉強までしています。

大切な人の死に向き合うことはとても難しいです。いろいろな向き合い方もあるでしょうし、時間すら解決できないこともあると思います。フォックスさんのようにやけっぱちになって、何もかも投げ出してしまうこともあるでしょう。どの方法がいいかなんて誰にもわかりません。私たちの場合、孫の存在が大きかったのかもしれませんが、それだって想像する上でのみ言えることです。

『フォックスさんのにわ』は私を四年前のあの緊張状態に連れ戻してくれるとともに、試行錯誤していたであろう母の気持ちを振り返るきっかけをくれました。

『フォックスさんのにわ』の作者紹介:

ブライアン・リーズ(Brian Lies)
1963年、アメリカのニュージャージー州生まれ。ブラウン大学で心理学と英米文学を学んだのち、ボストン美術館学校で絵画とイラストを学び、新聞に風刺画を描きはじめる。『コウモリうみへいく』『コウモリとしょかんへいく』(ともに徳間書店)は、ニューヨークタイムズ紙のベストセラーリストに掲載された。その他の作品に『よくばりなカササギ』(徳間書店)がある。


ブライアン・リーズさんの他の作品 


サポートしていただけるととても嬉しいです。いただいたサポートは、絵本を始めとする、海外に住む子供たちの日本語習得のための活動に利用させていただきます。