見出し画像

【絵本レビュー】 『やまのかいしゃ』

作者:スズキコージ
絵:かたやまけん
出版社:架空社
発行日:1991年4月

『やまのかいしゃ』のあらすじ:

ほげたさんは朝起きるのがとても苦手、今日も会社に出かけるのが昼過ぎになってしまいました。電車に飛び乗ったほげたさんですが、車窓の景色は会社のあるビル街ではなく山奥の景色です。終点の駅でほげたさんは駅員から長ぐつを借りて山を登り始めますが・・・。


『やまのかいしゃ』を読んだ感想:

毎日「〇〇しなければならない」にがんじがらめになっている大人にぴったりな絵本だと思います。

ほげたさんは、 あさおきるのが、とてもにがて、めざましどけいが、ジャンジャンなっても、ぐうすうぴい。
そして、きょうも、かいしゃにでかけていくのが、ひるすぎになってしまいました。

こんな風にぐうすうぴいと寝ていたい朝は。。。毎日です。
ほげたさんには家族がいるようですが、こんな調子で仕事をクビになったりしないのかなと心配してしまうのは、主婦的な考え方でしょうか。しっかりした奥さんなのかもしれませんね。

私の父は会社勤めをしたことがありませんでした。子どもの頃父はいつも家にいて、私の朝ごはんとお弁当の準備から、学校からスイミングの送迎、夕食とお風呂の準備など、私の身の回りのことを全て父がしていました。仕事はあったようですが、実のところ私は父の仕事をあまり知らないで大きくなりました。家にスーツはいっぱいあったのに、スーツを着ている姿をいとこの結婚式以外で見たことはありませんでした。

それでも私たちにはちゃんと住む場所もご飯もあったし、大学にも入れてもらったので、それなりに成り立っていたのでしょう。もしかしたら私の父はほげたさんだったのかもしれません。

お父さんは働かなければいけないとか、お母さんは家を綺麗にしなければいけないとか、私たちはとかく「しなければならない」ことで頭をいっぱいにしています。「しなければならない」のでしないと罪悪感にかられますよね。でも立ち止まってみると、日々の「しなければならない」の多くは、私自身が作り上げたものだということに気づきます。今だって私のTo Doリストはどんどん長くなっているのです。長いリストを見て「私って忙しい」という自己満足を感じているだけなのかもしれません。でもそんなに長いリストがあったって、増える一方で終わらなくてイライラするのも私です。勝手にリストを作って勝手にイライラしている。そんな風に見ることもできます。

先日幼稚園の後子供達を遊ばせようと誘いがあって、でも私はその日幼稚園の後郵便局に行きたかったんです。本当は午前中に行くこと位なっていたけれど、いつものように予定が押してしまい行かれなかったからでした。子供達を遊ばせたいのはやまやまでしたが、「郵便局へ行く」ことをリストから消すことに執着していた私は、ママ友達に「郵便局へ行ってから向かうよ」とメッセージしました。それに対しての返事は、
「郵便局今日じゃなきゃダメなの?」
それを見て最初に浮かんだ言葉は、
「ダメなの」
そりゃあそうです。私のTo Doリストは長いんです。予定していたことも終わらなかったので、何か一つでもきちんと完結したかった私は、郵便局にどうしても行きたかったのです。私はママ友に
「終わったら電話するから、どこにいるか教えて。」
とメッセージして、息子を連れて郵便局へ向かいました。

着いてみれば、いつも通りの行列。待っている間に携帯をチェックすると、ママ友からのメッセージが来ていました。
「〇〇(別な友達)と公園にいるから、終わったら連絡して。」

私は順番を待つ人の列をぼんやり見ながら今読んだばかりのメッセージを頭の中に思い浮かべていました。私が郵便局を出る頃には、子供達はもう家に帰ってしまうでしょう。息子は郵便局で並んでいるよりも友達と遊んだ方が楽しかったに決まっています。

「それは今日じゃなきゃいけないの?」
この質問が心に残りました。私は優先順位を決めるのが得意でないのかもしれません。日常の「するべき」ことにばかり焦点を当てていて、その中に「今日しなくてもいいこと」があることを忘れているのです。だからほげたさんのように「ま、いっか」と頭を切り替えることができないのです。

「やまのかいしゃに行こう」
そう決めてからのほげたさんは生き生きしていますね。長靴履いてさっさと山を登り、社長に電話してみんなを空気のいい場所に呼び寄せたり、昼までぐーすか寝ていた人と同一人物とは思えません。日常の「しなければならない」ことからの逸脱がほげたさんに命を与えたのかもしれません。やまのかいしゃに残ったほげたさんとほいさくんはちゃんと給料がもらえているのだろうかという心配はやっぱりありますが、楽しいことをすることはモノトーンな日常へのスパイスだと思います。

というわけで、私はTo Doリストを捨てました。捨てただけでなんだか背中に乗っかっていた重みがだいぶなくなった気がしました。私がしなくてはいけないのは、最低一日一個。
「Less is More」
ドイツ出身の建築家、ミース・ファン・デル・ローエが残した言葉だそうです。意味は「少ない方が豊かである」ですね。

一日にしたことは少ないかもしれないけれど、それが意味のあることであれば、私の一日はもっと満たされるのではないでしょうか。


『やまのかいしゃ』の作者紹介:

スズキコージ
1948年静岡県生まれ。絵本や挿画のほか、イラストレーターとしてポスター・壁画・舞台美術などでも活躍。絵本に『あつさのせい?』(福音館書店)や『うみのカラオケ』(クレヨンハウス)ほか、多数。『エンソくん きしゃにのる』(福音館書店)で小学館絵画賞、『やまのディスコ』(架空社)で絵本にっぽん賞、『おばけドライブ』(ビリケン出版)で講談社出版文化賞を受賞。画集やエッセイ『てのひらのほくろ村』(架空社)も。


スズキコージさんの他の作品


サポートしていただけるととても嬉しいです。いただいたサポートは、絵本を始めとする、海外に住む子供たちの日本語習得のための活動に利用させていただきます。