意識ない系

 昨日のトークイベントで僕は「意識高い系ではなく意識ない系」と言って笑いを誘ったのだけれども、イベントが終わってからもしばらくそのことを考えていた。
 「意識高い系」という言葉を使うと、何かを揶揄しているように感じる人もいるのだろうけれど、僕はまったくそうは思っていないし、揶揄する意味で使ってもいない。
 人生の成功を目指してはっきりとした目標を立て、そこに向かって全力で進んでいく人たち。自分への投資や毎日の努力を怠らず、ときには仲間同士で勉強会を開き、どんどん新しいことに挑戦していく人たち。それが僕の考える「意識高い系」の人たちで、そのバイタリティ溢れる生き方は一つの理想形だとも言える。
 いつもキラキラと輝いて見える彼らの姿は僕には眩し過ぎてなかなか直視は出来ないものの、彼らがある種の先端に立っているのはまちがいないのだから、そういう人がいてくれなければ困るし、どんどん先へ進んで、世界をより良く変えて欲しいと思っている。
 もちろん、そんな彼らの考え方についていけない人や、その行動をあまり好ましいとは思わない人たちもいて、あえて言うならそれが「意識低い系」なのかも知れない。本当は高い低いで比べられる話ではなく、異なる価値観の山を登っているだけなので、実は別の「意識高い系」なのだけれども、とにかく「意識高い系」の振る舞いに対して、少々苦々しく思っている人たちがいる。
 インターネットの一部だけを覗いていると、誰もがそんなふうに意識が高かったり低かったりしているように見えるけれども、実は、世の中の多くの人はそんな「意識」とは関係のないところで生きているんじゃないだろうか。「意識高い」生き方などに触れることなく、だからそれに反発することもなく、日々の暮らしを精一杯に回しているんじゃないだろうか。そこには「意識」なんてない。ただ生活があるだけだ。彼らからすれば、意識が高いだの低いだのなんて議論は、単なる言葉遊びに過ぎないし、それ以前にそんな世界があることさえ知らない。それが「意識ない系」なのかも知れない。
 深くしっかりと考えたわけでもないし、何かを調べたわけでもないから、まだあやふやなのだけれども、自分でぽろりと口にした「意識ない系」という言葉がきっかけになって、トークイベントのあと何となくそんなことを考えていた。

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あそうかも

浅生鴨です。たいていのことは苦手です。

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