雑感三枚

 朝、空港のラウンジでしばらく時間を潰していた。コーヒーを飲みながら昨日のトークイベント会場だった札幌の書肆吉成で買った本をパラパラとめくる。思えばあれは危険な書店だった。うっかりするとどんどん買ってしまいかねないし、僕はだいたいうっかりしているから気をつけねば。近代文芸にも海外文学の棚にも芸術新潮のバックナンバーの中にも何冊も欲しいものがあったのだが懐具合との兼ね合いでまたの機会にした。クレジットカードを持って行かなくてつくづくよかった。また訪問する機会はあるだろう。
 ふと見回すと僕の周りではスーツを着たサラリーマンらしき人たちがノートパソコンに向かって難しい顔をしていた。ああ、と僕は思う。二十年ほど前、僕が働き始めたころの出張はどちらかといえば働き詰めの毎日から逃れることのできるちょっとした休憩時間だったのに、今はどこにでもオフィスを持ち運びできるのだ。今は無理ですね、だってオフィスにいませんからねとは言えない時代なのだ。ああ、オフィスにいないのならしかたがないですね、それじゃあまた明日電話しますねとは言えない時代なのだ。そりゃあ疲れるよなあと思う。
 飛行機に乗って席に着くと僕はすぐに眠ってしまう。国内線の場合は、たいてい離陸前に眠って着陸の振動で目を覚ます。起きたばかりのぼんやりとした目にキャビンアテンダントの姿が映る。ビシッとしたスーツ姿はかっこいいけれどスカートをはいていることをいつも不思議に思う。CAはいざという時の緊急作業員や保安要員としての役割もあるのだから、パンツルックでもいいんじゃないだろうか。僕はスカートをはいて作業をしたことがないのであの格好でどれだけ自由に動けるのかはわからないけれど、やっぱりスカートでは、特に緊急時にはいろいろと不自由があるのじゃないだろうか。
 夜、渋谷の街はハロウィンの仮装をした若者たちで溢れかえり、さらに火災などもあって大騒ぎになっていた。どうやらハロウィンというイベントが一部の人たちの間では、近所の人たちとちょっとした仮装をして非日常を楽しむ子供たちのイベントというよりも、わざわざ出かけて行って騒ぐお祭りになりつつあるようだ。これは新しい祭なのだと言われたら、ああそうなんだねとしか答えようもないが、何らかの目的があって騒ぐ祭と、騒ぐこと自体を目的にしている祭とではやはり何か違うような気がする。
 普段から地域のコミュニティーがきちんと成立していてこそハロウィンのような非日常の仕掛けが面白く作用するのに、そもそもコミュニティーが存在していない場所に赤の他人が仮装して大量に集まることがいったいどういう意味を持つのかはしばらく時間をかけて考えてみたい。いずれにしても、もう少し上品に騒げるともっと楽しいのではないかと思う。見聞きするものだけでなく、自分自身の言葉や行動だって未来の自分をつくる材料になる。あまり品のよくない騒ぎかたばかりを続けていると、それは体の奥深くに、ある種の癖として残っていくように思うのだ。
 今日一日あれこれ思ったことを日記がわりに並べてみた。単なる雑感三昧であるが原稿用紙三枚ほどになったので雑感三枚とでもしておこう。

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