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手品師

9月1日発売の新刊『どこでもない場所』用に書いていただいたものの、ページ数の関係で収録できなかったエッセイもありました。マガジン用のおまけとしてお楽しみください。(おまけ3分の2本め。)

 小学生のときの通知簿に可愛気がない、子供らしくないとはっきり書かれたことがある。僕自身はそのことをあまり覚えていないのだが、母が度々そう言うからたぶんそうなのだろうし、いつまでもそれを口にするから母にしてみると相当ショックなことだったのだろう。

 確かに可愛気はなかったかもしれない。

 僕にはどこか大人を馬鹿にしているようなところがあったし、先生が一生懸命に話をしていても右から左に受け流して空想に耽っていたし、授業中ほとんど話を聞いていないくせに突然の質問にはちゃんと答えるし、だからと言って注意をすれば皮肉を言うやらへらず口を叩くやらで、これには先生もかなり腹が立っただろうと思う。少なくとも僕なら腹が立つ。

 けれども、僕がそういう態度をとるのには、それなりのわけがあったのだ。

「いいかげんに静かにしなさい。先生の話を聞きたくないのなら出て行きなさい」と全校集会で校長先生が言うから出ていこうとしたら体育館の出口で捕まり、みんなが帰ったあともずっと居残りさせられて叱られたことがある。

「話を聞きたくないから出て行こうとした」という僕の言いわけはもちろん通用せず、出て行こうとした行為だけを責められることがどうにも納得いかなかった。話を聞かせたいのなら「ちゃんと話を聞け」と言えばいいのに、そう言わない大人を卑怯だと思った。


 あれは小学二年生だったか三年生だったか、ともかく僕のいたクラスでは、おそらく他のクラスもそうだったのだろうけれども、定期的に週末の授業時間を一コマ使って、児童たちがそれぞれ何かの出し物を見せるという、演芸会のような催し物が行われていた。

 お楽しみ会という名前だったと思う。

 その日のお楽しみ会で、僕は手品を見せることになっていた。手品といってもそれほど大げさなものではなく、お祭の露店商で売っている、タネも仕掛けもある道具を使うもので、その道具さえ持っていればほとんど練習などせず誰にでもできる簡単な手品だ。当時、手品はちょっとした流行で、学校の図書室にも入門書がたくさん置かれていたし、誰もがそういった道具を手に入れて周りの人を騙し、驚かせ、楽しませていた。

 歌があったり、寸劇があったりと、会の出し物は順当に進み、いよいよ僕の番がやって来た。この手品道具は、まだ僕の周りでは誰も持っておらず、つまり、タネや仕掛けを知っている者はいなかった。

 僕はもったいぶった手つきで道具を取り出し、タネと仕掛をうまく隠しながら唯一マスターした手品を実演して見せた。

 道具を持っている僕にしてみれば、たいしたことのないバカバカしいタネと仕掛けなのに、それでもさすがに手品は手品で、初めて見るクラスメイトたちの目には不思議な手品として映ったようだった。素人が手品をやるときに一番大切な原則は一度見しか見せないことだ。さっと見せたあとは「どうなってるの?」と聞かれても「さあねぇ」とニコニコしながら片づけるくらいが丁度いい。道具についていた説明書にもそのように書かれていた。

 手品に限らずそういうものはたくさんある。たった一度だからこそ価値のあるものなのに、僕たちは何度も繰り返してしまうことで、飽きられたり価値を失ったりしてしまう。

 それでも僕は「もう一度やって」というリクエストに応えた。実を言うと、一度目はかなり緊張していたせいで、うっかりタネが見えそうになっていたのだった。誰にも気づかれなかったけれども会心のできというわけではなかった。

 二度目はそのあたりも完璧で、一度目よりも遥かに上手く実演することができて、僕としてはかなり満足いくものだった。これ以上見せる必要はない。完璧な手品は完璧なまま終わらせてこそ意味がある。みんなの不思議を保つことができる。

「はい、終わりです」そう言うと、クラスメイトたちはみんな大きな拍手をしてくれた。拍手をされるなんて体験をあまりしたことのない僕は、少し上気しつつ自分の席に戻ろうとした。

 不意に後ろから腕を掴まれた。担任の先生だった。四十代半ばの女の先生で、通知簿にわざわざ可愛気がないと書くくらいだから、どちらかというと僕はその先生に最初から好かれていなかったように思う。

「ちょっとそれ貸して」

「なんでや。いやや」僕は抵抗した。僕が手にしている道具のタネは本当に単純なもので、渡せばその時点で仕掛けがバレてしまう。

「見せなさい」先生はそう言って僕の手から手品の道具を無理やり奪い取った。

「ああ、こういう仕掛ね」そうしてクラスの児童たちに向けて「ほら、ここを隠してたのよ」と手品のタネを披露した。わああという歓声が教室内に沸き起こった。

「これはインチキなのよ」先生は満足そうにそう言った。

 そりゃあインチキだろう。だって手品なのだから。本当に鉄の輪を通したり、お金を増やしたり、何もないところから鳩を取り出したりできると思っているのだろうか。バカじゃないのか。僕はせっかくのみんなからの拍手を台無しにされたような気がした。

「なんでバラすねん!」

「手品なんて嘘ですからね」

 嘘は良くないとでも言いたいのだろうか。だったら映画も本もぜんぶ嘘だからやめろというつもりだろうか。嘘だからバラす。嘘だから裁く。僕は先生の言葉の中にある種の傲慢さを感じていた。もちろん傲慢なんて言葉はまだ知らないけれど、そういう何かを感じ取っていた。

「先生のほうが嘘つきや」そう言った僕は自分の声が震えていることに気づいていた。

「先生は自分が知りたかっただけやんか。知りたかったら知りたいって言えばええやんか! なんで嘘つくんや!」足が小刻みに震えていた。

 そう言われた先生は、あきらかに動揺していた。

「はい、それじゃ次の人」先生が押しつけるように返してきた道具を僕はそのまま机の上に放り投げて教室を出た。授業中に教室を出たというのに、先生は僕を追い掛けては来なかった。

 そのあとどうしたのかははっきり覚えていないけれども、きっと教室に戻って不貞腐れた顔をしたまま、みんなの出し物を見ていたのだろう。どうして先生があんなことをしたのかは、いつまで経ってもわからなかったし、実は今でもよくわからない。


 小学校を卒業して十年近く経ったころ、創立何周年だかの記念に発行する卒業生名簿に載せるということで、卒業生の進路アンケートのようなものが実家に届いた。僕はしばらくあれこれ考えたあと職業欄に手品師と書いた。あれ以来、人の前で手品を披露したことは一度もないのだけれども。

 先生がそれを見たかどうかは知らないし、たとえ見たとしても何かを感じたとは思わないが、もしもあのときの一件を覚えていたとすれば、なかなかの皮肉だったかもしれない。

 僕に可愛気がないのは、どうやらあのころからずっと変わっていないらしい。




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こんどの土日は週末!
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浅生鴨

たいていのことは苦手です。

『どこでもない場所』

9月上旬刊行のエッセイ集『どこでもない場所』(左右社)の案内やメイキングなどのあれこれをまとめるマガジンです。たぶん出版社の担当編集者もいろいろ書きます。書籍内容の無料公開もここで予定しています。また、いま絶賛募集中のインタビューのうち、noteに公開された記事はできればこ...
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