新しい世界への通り道

小説お題:扉の向こうは別世界




不思議の国のアリス、といえば、だいたいの人は「うさぎをおいかける女の子の話」を思い浮かべるだろう。

もちろん、それは何も間違っていなくて、正解だ。

だが、不思議の国のアリスには続きがある。
「鏡の国のアリス」だ。

さて、「鏡の国のアリス」を知っているという人は、「不思議の国のアリス」を知っているという人に比べてどの程度の人数か、知っているかい?

「――っていうのがあって」

凛はそう言いながら、姉である藍に紙を見せる。
姉妹の年齢差は一つで、同じ大学に通う女子大生だ。
空き時間にお茶をするのが恒例となっていた。

クラシックが流れる喫茶店でゆっくり時間は進む。
コーヒーと紅茶、それとケーキが一つずつ置かれた机の上はわりと狭くなっていた。

藍は凛から紙を受け取ると、面白いね、と続けた。

「鏡の国のアリスかぁ」
「正直、どうでもいい話っていうか」
「そんなこといったらルイス・キャロルが嘆くわよ」
「話がどうでもいいんじゃなくて、知ってる人数なんてどうでもいいってことなの!」

コーヒーが苦手な凛はいつも紅茶を頼む。
種類は決まって、アールグレイティー。
奇しくも不思議の国のアリスが生まれた国に由来したものだ。

「じゃあ、凛は鏡の国のアリスって知ってるの?」
「……実は、知らなかった」
「私は知ってるけどね。ほら、姉妹でも知ってる方と知らない方、両方いるじゃない」

本日二回目の面白いという言葉をいうと、コーヒーをすすった。

凛からしてみれば、一歳しか違わないのにいつも余裕たっぷりで大人な藍は憧れでありうらやましくもあった。
しかし、そんなことを言えばどうせまたからかわれるので口にはしない。

「鏡の国のアリスは鏡を通って別世界に行くアリスのお話なんだけど、イギリスの小説って鏡を扉に見立てるものが多いわよね」
「どういうこと?」
「例えば『ハリー・ポッター』とか」
「あれは鏡を扉に見立てるというよりかは、純粋な鏡じゃない? むしろ鏡っていうよりかは水面っていうか」
「へえ、その意見は初めて聞いたわ。もっと教えて」
「鏡って、見た人を映すものでしょ? ハリー・ポッターに登場する鏡も、見た人を映しているけど死んだハリーの両親だとか幻を見せた。それこそ、ふれたら消えちゃいそうなもの」

幻というものは見えない前提で存在するものであると凛は考えていた。
だから、もし現実にしようとすれば消えてしまう。
それはまるで、ゆらゆら動く水面に手を伸ばせば、その水面が姿を変えるのと同じだ。

「だから、水面って表現を使ってみた」
「なるほどね。鏡一つで盛り上がったの、はじめて」
「私もだよ」

知らないことを知るのには、扉を開ける必要があるようだ。
その先はいつだって別世界が出迎えてくれる。

#小説 #SS

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