クレール旅行記 3

「あっ、おいあれっ! 家があるぞ!」
「おお、本当だ。ってことは、あれがヴェント村か!」

 ──ヴェント村。これといった囲いはなく、小さな家が転々と建っているのが見える。だんだんと近付いて、ようやく井戸や広場が見えてきた。

「おや、お客さんか! 旅の者で?」

 わたしたちの来訪を見るや否や、早速と村の青年が声を掛けにきた。

「ああ、旅の途中さ。モルから来たんだ」
「ほう、あの町からかい! ようこそ、ヴェント村へ。これと言ったもてなしはできないが、のどかなのがこの村の取り柄さ」

 ヴェント村は、木造りの家が二十軒ほどの小さな村だった。広場ではわたしたちよりもずっと幼い子どもたちが走り回っていて、その様子に懐かしさを覚えると共に、平穏な生活を感じる。

「いいね〜、こういうの! のどかで、あたしは好きだな〜!」
「わかります。こういうのって……なんか、いいですよね」

 しかし、囲いもないのにどうしてるんだろう。危険じゃないのかな。

「この村、ちょっと危なくねぇか? 外から簡単に入ってこれるってのは魔物も同じなわけじゃん?」
「……それ、わたしも気になってました」

 思うことは同じだった。今だって魔物の脅威に晒されているはずなのに、平然として暮らしている。肝が据わるなんてものじゃない、まるで──それは、死を恐れていないようで。

「ああ、心配ご無用さ。結界を張っているからね」
「なるほど、この村にもちゃんと結界は張ってあるんだね」
「あの、結界ってのはなんだっけ……?」

 ピエールさんはわかった素振りを見せたけれど、アークは知らないみたいだった。

「魔物を通さず、人や動物は通す、見えない壁……とでも言うべきかい?」
「おお、そいつは凄ぇな! ……ってか、それなら町や村と言わず、世界中に結界を張っちまえば安全になるんじゃねぇのか?」
「残念だけど、そんなにうまくはいかないんだ。魔力を注いで作る都合上、魔力が尽きれば破られてしまう」
「ああ、そっか──」
「──でも、定期的に補強することで維持はできる。かなりの魔力を必要とするが、これを維持できるなら安いもんさ」
「結界を補強して回る仕事もあるくらいだからね」

 国が派遣し、各地を回って結界の補強作業を行っているんだ。モルもそうして維持されてきている。それに、実はその作業を見たことがあった。たくさんの人がモルの周りを囲い、魔力を注ぎ込んでいたんだ。

「あっ、そうだ。何かいい情報はないかな? もし良かったら聞きたいんだけど……」
「情報、か。そうだな……じゃあ、飛空艇が開発されてからそこそこ長いことは知っているね? その飛空艇を利用して大きくなった国がある、ちょうどこの近くにね。空の港ウィンゲル、という国なんだ。目指すところもないのなら、ここを目指してみては? ここから東にある森を北東に超えれば見つかるはずだ」

 飛空艇が開発されて、八十年くらいかな。この目で見たことはないけれど、想像くらいはできる。でも、船がそのまま空を飛ぶなんて、どんな技術を使っているんだろう。

「へぇ、そんな国が。……どうする?」

 少し笑って、アークに「どうする?」なんて。当然、アークは声を大にした。

「どうするったって、そんなの行くっきゃねぇだろ! んなもん行くに決まってる! 反対されても俺は行くからな!」

 飛空艇のことを知ったのも、アークに話を聞いたからだった。飛空艇のことを話してくれるアークが凄く楽しそうに話すから、わたしも聞いていたくなって、いつも飛空艇の話ばかり聞いていた気がする。そのせいか、飛空艇の事情にはやけに詳しくなってしまったんだけど。

「ふふ、相変わらずだね。いいよ、行ってみようか、ウィンゲル」
「空の港っていうことは、飛空艇がいっぱい留まってたりするの?」
「飛空艇を利用して大きくなった国って言うんだから、当たり前じゃないかい? それより、飛空艇に乗れれば一気に遠くまで行けるよね?」

 たしかに、ポワさんの言う通りだ。でも、どこに行こうかなんて決まってないし……まず、遠くに何があるかすらわからない。

「そうだね。ま、行き先は決まってないけど」
「適当な船に乗っちゃえばいいんじゃないの?」
「馬鹿、それで着いた先がくそ寒いところだったらどうすんだよ」

 放浪するような旅でも、行き先はある程度わかっておきたかった。ベルさんは「ん〜、」と少し考え込むと、微笑みつつも口を開く。

「焚き火でも炊く?」
「枯れ木がねぇだろ……」

 なんてくだらない話をしていると、村人さんが「はははっ、」と笑い出し、続けた。

「愉快な旅人さんたちだ。それも旅の目的地が無いときた。きっと、それは素晴らしい旅になるよ」

 そうかな、と思ってしまった。たしかにこれが素晴らしい旅になればいいんだろうけど、でも、わたしが旅に出た理由は何も素晴らしいものじゃない。

「ははっ、そうなればいいね。ウィンゲルのこと、ありがとう!」
「いいさ。君らの無事を祈っておくよ、それではね」

 そう言うと、村人の青年は村に溶け込んでゆく。

「……さて、どうしようか。飯にする? そろそろ昼だし」
「そっか、もう昼か……うわ、飯とか昼とか聞いたら急に腹減ってきた」
「じゃあ、適当に探してみようか」
「俺は肉がいいな。肉食おう、肉!」
「あっ、それ賛成! あたしもお肉派です!」
「僕はみんなに合わせるよ」
「じゃあ、わたしも……」
「肉だ肉! 肉にしよう、肉ぅ!」
「はいはい、行ってみないとわからないから……」

 なんだか、こうして平和な日々を過ごすことがとても貴重で、そして幸せなものなんだと感じられている。さっきの影狼だって、もしかしたらわたしたちの誰かが怪我をしていたかもしれなかったし、最悪の場合──誰かが死んでいたかもしれなかった。
 現に影狼はわたしの手で死んでしまったんだ。影狼だって、今のわたしたちみたいな日々を過ごしていたはずだ。そして、影狼にも大切な仲間が居たはずだ。
 その仲間からすればどうだろう? 悲しいなんてものじゃないんだろうな、きっと。平和な日々を過ごすからこそ、そうして不意に訪れる別れによって生じる苦しみは大きくなっていくんだ。
 なら──どうせいつかは死ぬのなら、平和なんて無くていいのかな。無いほうが良かった、なんて思うのはわかっているのに、それでもわたしたちはいっしょになって息をしている。何がここまでわたしたちを繋ぎ止めるんだろう。きっと、それはすぐに訪れてしまうはずなのに。

 

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一片

クレール旅行記

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