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2023年を振り返る〜下半期

東海道新幹線の車内チャイムが今年の夏から変わりましたね。UAの「会いにいこう」に変更となった事により、従来の車内チャイム「AMBITIOUS JAPAN!」は、今年の7月に終了となりました。2003年当時キャンペーンの一環として使用されはじめてから、20年間親しまれてきたこのチャイム。途中駅に着く旅に流れるテンテンテンテテーンが好きすぎて、道中寝ていても飛び起きた記憶があります。親の実家が京都にあるので、幼少期から年約3回はマストで乗って名残があるので、本当に残念でした。新しい曲のMVは好きですが、当然ながら車内チャイムとしてはまだまだ落ち着かない。と、東京へ戻る新幹線の中でnoteを書いています。
上半期飛ばしすぎたので、下半期は比較的落ち着いているはず…?

7月

宮崎駿監督の作品「君たちはどう生きるか」略して君生きを鑑賞した。広告を打たない事が話題となった作品。公開前には、その謎に包まれた作品に対する期待と高揚で、SNS上では大喜利合戦となっていた。
自身も、宮崎駿がスクリーンに映し出され、120分説教をするのだろうと思いつつ映画館に向かった。
作品の根底にあるのは、宮崎駿自身の人生の回顧録と、次世代に対する問題提起なのではないだろうか。
作品冒頭主人公牧眞人は、空襲による火事で実の母親を亡くす。父親は戦闘機を生産する事により収入を得ており、それを受けて同級生と反りが合わなくなる。さらに父親は亡くなった母親の妹夏子と再婚して、家族は産まれたばかりの赤ちゃんに夢中。自分が生きる世の中に嫌気がさしていた眞人。そんな中アオサギに導かれるように、ファンタジーの世界に転がり込む。
人間VS鳥という構図であるこの世界で、眞人は様々な人物に出会い、経験をし、思想を深めていく。
特出すべきは物語終盤での、久石譲のAsk me why(眞人の決意)がバックに流れる中、大叔父が眞人に語りかける場面だろう。この世界を自由に創造して良いと。3日に1つずつ積み木を積み上げて平和な世の中を保ってほしいと。この積み木は、鳥たちの悪意や醜さを包含しながら成り立っていたが、その世界のバランスを保つのは困難を極めるものであった。そんな後継として大叔父は眞人を指名したが、眞人はそれを拒み、後を追ってきたインコ大王が、積み木を崩しにかかる。そして塔は崩れ落ち、ファンタジーの世界は崩壊し、眞人は現実世界へ戻る。というざっくりしたあらすじだ。
この作品は、自身の監督人生を振り返り、自分はこう生きたけど、君たちはどう生きるかという宮崎駿からの問いかけなのだろう。
自分が鑑賞後考えたのは、青年眞人の生き方だ。
子供は親、環境を選べない。資産家の親の元に産まれる子供もいれば、産まれながらにして両親がいない場合だってある。残虐的な事件を犯す人間がこの世には存在する。事件後、被疑者の生い立ちがニュースで流れるが、恵まれた幼少期を送っていない場合が多い。親が宗教にハマったり、虐待を受けたり。幼少期の記憶、経験は色濃く残ってしまう。生まれ育った環境によって、その後の生き方は変わってくるだろう。
ただ眞人は環境を言い訳をしていない。心が追いつかず、石で自分の頭を殴るぐらい思い詰められていたが、自分が足を踏み入れていない世界を体験し、最後は大叔父に対して、友人を見つけるという、生きていく中での目標を宣言し、現実世界へ戻っていく。
自分の現環境を恨めしく思う事もあるだろう。だが眞人が示しているように、自分で行動する事によって、アオサギのような友達にも会えたし、本気でぶつかった結果、夏子との蟠りも解けていったのだ。現実はそう簡単なことではないかもしれないが、自分次第でのちに火の海になるこの腐り切った世の中も、美しい世の中にする事もできるのだと。
若林正恭も著書「ナナメの夕暮れ」の中で「ほとんど人生は合う人に合うってことでいいんじゃないか」と結論付けていたので、似たものを感じた。
賛否を分けた作品ではあるのだが、評価している側の人間は、答えがないものを考える事を好む傾向がある気がしている。何を伝えたかったのかわからない、という感想が散見されるが、そういう所にこそ面白さを感じてしまう。解釈が無限にできるから。現代社会はすぐに答えを出したがる、何でもかんでも理解できる物が多すぎるようにも思える。少しぐらい、理解できないもの、分からないものがあっても良いのでないだろうか。
とまあ、正解のないものにああでもないこうでもないと、永遠に話せる人間は観た方が良い。語り合いましょう。
なお、この作品はジョンコナリーの「失われたものたちの本」をモチーフを使っている。自分も読んだが、実際に映画を鑑賞した後で読むと、設定は模している事がよくわかる。実際の童話を歪曲したお話が次々出てくる。この本も必読であろう。

8月

ディズニー・ブロードウェイ・ヒッツ feat.アラン・メンケンを鑑賞。言わずと知れた、ディズニー音楽の巨匠アランメンケンと、本場ブロードウェイのキャスト達によるコンサートである。
当日お昼まで京都にいてゆったりするはずだったのだが、静岡での線状降水帯の影響で新幹線が止まってしまった。お昼で京都にいてゆっくりするはずだったのだが、どうしてもアランメンケンを拝みたい自分は、時間を早め、新幹線4時間立ちっぱなしで東京へと向かった。東京駅に着いた頃は脚が のようだったが、奇跡的に開演前の国際フォーラムに滑りこむ事ができた。
第一幕はアランメンケン氏によるソロパート。御年73歳のおじさんが楽しそうに自分が作曲した楽曲たちをピアノで弾き語りをしている。こんな幸せな空間があるだろうか。ディズニーキャラクターと自身の楽曲の関連性など語っている時のメンケンが、自分の孫の事を語るように優しそうで。この方から生まれた楽曲だから、多くの人に愛される訳だなと感心してしまった。個人的には実写版「美女と野獣」の「How Does a moment last forever」 が日本語訳が美しい事も相まって大好きなのだが、メンケンの楽曲だったとは知らなかった。知らんかったんかい。帰れ。
第二幕は、ブロードウェイスター達による、ディズニー音楽の歌唱祭。人生で人の歌声を聴いて震えたのは初めてだった。やはり、本場ブロードウェイで培われた、歌唱力は並大抵のものではない。中学時代の音楽教師はお腹から声を出すようにと再三再四言っていたが、常人にはとても真似できない。ここはブロードウェイかとブロードウェイに足を踏み入れた事がない人間も錯覚するほど、素晴らしい時間が流れていった。この空間をずっと味わっていたい。閉幕後拍手は鳴り止まなかった。

9月

何気なく見ていた車窓から、気になる場所は現れないだろうか。東海道新幹線に乗っていると、不思議な建物や美しい土地に様々出会う。ならば実際下車してみようという企画を勝手に敢行した。その第一弾が浜松である。
浜松駅を通過する際、いつも眺めているこの大きな建物。

オークラアクトシティ浜松ホテルだそうだ。高層階では富士山も眺められるという。東京からも浜松からも目視できる流石富士山恐るべし。
浜松は音楽の街という事で、浜松楽器博物館も訪れた。ここには世界各国の楽器が展示してある。中でも獅子舞のような不思議な被り物に目を惹かれた。バリ島の「ランダ」「バロン」という魔女、神獣らしい。

左手白ランダは、死を象徴する魔女で、右手赤バロンは、善の象徴である聖獣そうだ。ランダとバロンは存在が対であると共に、どちらかが倒れたとしても、永遠に戦いは続けるという伝説があるらしい。展示物の片隅で流れ続けていた、バリの伝統舞踊バロンダンスを眺めながら、今世で観たいエンターテイメントリストにそっと付け加えた。
その後は、浜名湖を巡り、鰻を食べ、修善寺へ泊まり1泊。
翌日は、三島大社で樹齢1200年を超えるとされる金木犀の匂いを嗅ぎ、コロッケを食べるなど。

袋しか撮ってないじゃん

伊豆高原へ移動し、元イタリアンシェフが営むラーメン店「ramen&bar kei」でお腹を満たし、温泉でのんびり。

当の企画はどこへやら、2日間で浜松から三島を経由して伊豆高原まで移動するという生き急ぎ工程で、静岡横断旅行はお開きとなった。

10月

杜の都仙台へ。2年にかけてやってきた12球団本拠地巡りも最後の球場へ。
楽天モバイルパーク宮城。略称、楽モバ?楽パ?宮城?あんまり10月の仙台を舐めるなよ。ましてやナイターともなればよっぽどだ。薄手のブルゾンを着ていったが足りない。そんな日に、5対5延長引き分け5時間試合なんてやるんだから嫌になってしまう。結局楽天はCS進出に首の皮1枚繋がった試合であった。工藤政権だったら確実に継投する場面で、続投したスチュワートjrが、辰巳涼介に同点3ラン打たれるんだもの。まあ、寒い中熱い試合が観られたのだから文句は言うまい。
球場グルメも食べたが、ベルドに引けを取らないぐらい美味しかった。こんな事いうと西武ファンに総すかん喰らいそうだが。のりもとんカレーは良かった。厚みのある豚肉がルーに合う。そして温野菜が入っていたのもポイントが高い。見ると仙台駅前のホテル、ホテルメトロポリタンが運営しているらしい。なのでホテルテイストという事もあり、安定の味になっているという事なのだ。12球団球場巡りは、また改めてnoteに書きたい。

11月

茨城県まで日帰り旅へ。神奈川、千葉、埼玉と聞くと身近に感じるのに、茨城となるとうんと遠く感じる。高校時代アーチェリーの関東大会で訪れて以来だったので、10数年ぶりの訪問だ。
まず訪れたのは国営ひたち海浜公園。咲き誇るネモフィラが有名なのだろうが、残念ながら訪れたのは11月。コスモスとコキアが一面に踊っていた。

コスモスの花言葉は調和、謙虚だそうだ。花言葉やカクテル言葉ぐらいパッと言えたらいいのに。ちなみにコキアは箒にも使われるらしい。学校で掃除する時に使う箒も、実はコキアからできているのだ。磯崎海岸からの海風を受けながら、一面の青空の下で鮮やかな花を堪能する。都会の雑踏から離れて、良いリフレッシュができる場所だと思う。季節によって楽しめるものが違うので、また訪れたい。
茨城県でもう一ヶ所訪れた。偕楽園だ。水戸藩9代藩主、徳川斉昭によって造園されている。小学校低学年の頃に、訪問しているらしいが、全く記憶にない。
ここでは人生訓にしたい言葉に巡り合った。一張一弛という孔子の言葉だ。厳しいだけでなく、楽しませることも大切だという教え。学問も遊びも両方とも大切であるという水戸藩の基本方針として据えられた言葉であり、偕楽園記碑の中にも言葉が綴ってある。藩校弘道館が偕楽園と立て続けに開設されたのも、弘道館が学問の場所である一方、偕楽園は余暇の場所として対を成す施設として用いられたためとも言われる。
根を詰めて何かを成し遂げることが美徳とされる世の中だが、少しぐらい休みつつ、遠回りしても良いと、この場所が導いてくれている。
東京からも1時間で行けてしまう茨城県。小旅行気分を味わうことが出来た。

12月

年末。映画ブームは突然訪れる。ヒロインよりもマグニヒィコ王にスポットが当てられがちなウィッシュや、スパイファミリーなどが話題を呼ぶ中、自分に琴線に触れたのは、「窓際のトットちゃん」だ。
黒柳徹子が自身の幼少期を描いた自伝小説、窓際のトットちゃんがアニメーション化。序盤は、黒柳徹子のおてんばぶりに翻弄されるのだが、戦時中という事もあり、無惨な描写が続く。幼いながらに築きあげてきたものが一気に崩れ去った悲しみは計り知れないものがあると思う。お祭りで買ってくれとせがんだが僅か数日で亡くなってしまったひよこ、赤い屋根が特徴の赤い屋根の自宅、学び舎であるトモエ学園、そして友人ヤスアキちゃん。
それでもトットちゃんは机上に振る舞う。映画冒頭と終盤に出てくるチンドン屋が出てくるのだが、黒柳徹子の将来を暗に示しているようで良い。小林校長とトットちゃんが、広い部屋で向かいになって座るシーンがあり、後ろに椅子が2つ45度で置かれていたが、徹子の部屋を彷彿とさせた。黒柳徹子の誰かの話を聞くという生涯は、こうした幼少期の経験が元になっているのだろう。徹子の部屋、安易に見られなくなったなと思うなど。
戦時中でお国のためにという家庭ばっかりだったのかと錯覚していたんだけど、軍国は弾きたくないとトットちゃんの父親が言っていたように、戦争に加担したくない家庭もたくさんあったのだと認識させられた。仮にロシアとウクライナに紛争が第三次世界大戦にでも発展し、日本も参戦しなければならなくなった場合、日本国民はどのような反応を示すのだろう。
現代日本に戦争関連の作品が多く届けられた2023年。今後映像の中だけに留められる事を切に願いたい。

地震に航空機事故、殺傷事件と、波乱の幕開けとなった2024年。それでも一歩ずつ歩んでいかなくてはならない。20代ももう折り返しを迎えている。今年は数に拘る1年にしたいと思っている。良い年にしましょう。今年もよろしくお願いします。


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