太陽よりも暗い星

 フォーマルハウトの伴星の話のときにも少し触れたことだけど、夜空を見上げて「太陽より暗い星」を目にするのは容易なことではない。
 もちろん、見かけの光度の話をしているのではない。そういうことなら、太陽より明るい星などないからだ。あくまで「本当の」明るさの話である。
 これは、太陽より暗い星が少ないからではない。むしろ、銀河系を構成している星のほとんどは太陽よりも暗い、といっても過言ではない。「理科年表」の「近距離の恒星」というページには29星系39星が掲載されているけれど、この中で太陽より明るい星はたったの3個しかない。アルファ・ケンタウリA、シリウス、プロキオンである。太陽は4番目。しかもアルファ・ケンタウリは太陽とそんなに変わらない明るさだ。太陽は「明るい星」なのである。

 にもかかわらず、空を見上げたときはそうではない。

 星の本当の明るさを表すために使われる値に「絶対等級」がある。これは、もしその星が32.6光年のところにあったら何等に見えるか、という明るさを距離を元に計算した等級だ。明るさは距離の2乗に反比例するので、距離と見かけの明るさが分かれば、任意の距離に同じ明るさの星があったらどれくらいの明るさで見えるのか?というのは計算できるわけである。あいにく地学のない高校の出なのでリアルでは習っていないのだが、高校地学における天文系の問題でもよく出される問題だそうだ。

 それはさておき、太陽の絶対等級は4.8等である。つまり、もし太陽と同じ明るさの星が32.6光年のところにあったらこの明るさでしか見えないということだ。肉眼で見ること自体は可能だが、空を見上げてこれが最初に目につくということは、まあないであろう。もう少し遠方、57光年くらいより遠くにあると、そもそも肉眼で見ることすらできなくなる。

 ところが、宇宙にはもっと明るい星がいくらもある。例えば、今の時期に東の空に上ってくるリゲルは絶対等級で-7.0等だ。これは、太陽の約52000倍の明るさということになる。そのため、リゲルと同じ明るさの星の場合、肉眼で見える範囲は、明るさの差のルートにあたる約230倍遠くまで広がる。つまり、13000光年までなら離れても肉眼で見えるということになるのだ(実際にはここまで遠くなると星間のガスによる吸収などが大きく関わってくるので、単純には行かないが、あくまで計算上は、である)。

 この、「ある等級より明るくみえるためには、どれくらいの距離より近いところにある必要があるか」という距離の比率は、ボーダーとなる「ある等級」を変えても変わらない。つまり、太陽と同じ明るさの星を1等星より明るい星として見られる範囲は7.1光年。リゲルと同じ明るさの星ならその約230倍の約1600光年先まで1等星として見ることができる。ちなみにリゲルまでの距離は770光年で堂々圏内だ。それはともかく、2等星より明るい星として見られる範囲は太陽と同じ明るさの星なら約11光年。リゲルと同じ明るさの星なら約2600光年。

 ……もうこれ以上くだくだしくかかないが、つまり地球を中心として「この中にいれば同じ明るさかそれ以上で見える空間」を作る球の半径が、太陽の明るさの星とリゲルの明るさの星では約230倍違うのだ。これは、空間の体積としておよそは1200万倍の差に相当する。リゲルくらいの明るさの星と太陽と同じ明るさの星、後者が同じ明るさ以上で見えるためには約1200万分の1のマトを当てなきゃいけないのだ。こんなの、ウィリアム・テルだって嫌がる勝負である。お話しにならない。

 もちろん、リゲルみたいに明るい星はごくまれにしか存在しない。理科年表の「恒星の数と分布」という項目によると、太陽と同じくらいの絶対等級5等の星に対して、リゲルと同じくらいの絶対等級-7等の星はおよそ180万分の1しか分布していないようだ。これまた随分な差である。しかし、「同じ明るさで見える」ためにいる必要のある空間が1200万倍違う以上、リゲルのような明るさの星が太陽の1200万分の1より多ければ、空を見上げた時に目立つのはリゲルのような星、ということになる。実際にはおよそ180万分の1なのだから、15倍ほど開きがある。つまり、見かけの等級がある値より明るい星について、リゲルくらいの明るさの星は太陽くらいの明るさの星の15倍くらいはありそうだということになる。もちろんその中間の明るさを持つ「太陽より明るい星」もあるわけで、それらはリゲルくらいの明るさの星よりずっとたくさんある。

 これはごくおおざっぱな見積もりだ。実際には銀河系の大きさもあるし(例えば1000光年先にある太陽と同じ明るさので輝く、リゲルと同じ明るさの星は23万光年離れてなきゃいけないが、銀河系はこれより小さいのでこの見積もりは意味をなさない)、先にも触れたように星と星の間にはガスやチリがあって光を吸収してしまうから、遠くまではいうほど、というかかなり見通せない。数千光年などといった遠方になるとほとんど意味がない数字になってしまう。でも少なくとも、小さい星の多さなど、明るさの違いに比べたら無力ということはわかるだろう。

 というわけで夜空に太陽より暗い星を見つけるのはたいへんだ。たいてい、埋もれているから。それでも明るい星なら数自体が少ないので、あれば目立つ。では、太陽より暗い星、「どれくらい目立つ」のだろう。

 もっともこの答えは少し答えにくい。実は「1等星で、太陽より暗い星」は一応あるのだ。冒頭に出てきたアルファ・ケンタウリの伴星、アルファ・ケンタウリBである(この星は三重連星系で、Cまである。Cは肉眼では見えない)。この星は1.35等なので、1等星である。アルファ・ケンタウリといえば、太陽系に一番近い恒星(「地球に一番」ではないことに注意。地球に一番近い恒星は、いうまでもなく太陽である)。近けりゃ明るい、を地で行っている。

 ただ、この星はあくまで連星を作っていて、しかもアルファ・ケンタウリAのほうが明るい。別に暗くてもフォーマルハウトの伴星のように目で見て明らかに離れていればいいのだが、もっとも離れた時でも22秒角くらいなので大きめの双眼鏡か、望遠鏡がないと2つに分かれては見えない。なので、空を見上げてアルファ・ケンタウリが目に入ったとして、それは「太陽より明るい」アルファ・ケンタウリAの光がほとんどの星として見えるわけだ。まあ、そもそも日本じゃ見上げたところで見えないわけだが。アルファ・ケンタウリは南に位置する星なので。南西諸島まで行けば地平線にわずかに上ってくるけど。

 というわけで、アルファ・ケンタウリBは外して考えたい。

 そうすると、どの星になるだろう。理科年表の「近距離の恒星」表を見ながら、近い方から「太陽より絶対等級が暗くて、でも肉眼で見える星」を探してみよう。すると、9番目に近い恒星であるエリダヌス座ε星は10.5光年の距離にあり、絶対等級が6.2等で太陽より暗く、みかけの等級も3.7等だから、肉眼で見えるという情報が出てくる。ということは、この星が一番明るい「太陽より小さな星」なのだろうか?

 エリダヌス座εと太陽は、等級で1.4等、つまり3.6倍ほどの明るさの開きがある。なので、もう少し遠くにあってもう少し明るい(でも太陽ほどは明るくない)星があったら、そちらのほうがみかけの等級が勝ることになりそうだ。なので、もう少し探してみよう。

 インディアン座εは距離11.8光年にある星で、絶対等級が6.9等、みかけの等級は4.7等、と太陽より暗く、肉眼ではかろうじて見える星である。しかし、みかけの等級がエリダヌス座εよりは暗いので、「もっとも明るい」という条件を満たさない。なので、今回の候補からは外れる。

 次に近いのはくじら座のτ星だ。この星は太陽系から11.9光年のところにあり、絶対等級が5.7等、見かけの明るさは3.5等だ。つまり、僅差ではあるが、エリダヌス座εよりも見かけの光度が明るい。ちなみにこの文章では見やすいように小数点以下第一位までで丸めているけれど、理科年表の実際の数字では3.49等だから、つまり「3等星」である。エリダヌス座εは「4等星」だ。1等星、2等星……というカテゴライズは、四捨五入してなされるから(1等星は0等星以下も含むけど)。ま、こまかいことではありますが。

 くじら座τは太陽の半分弱の明るさである。なので、これより明るい太陽より暗い星がくじら座τの約1.5倍の距離、17.9光年以内になければ、この星がトップということになる。

 しかし、理科年表の近距離の恒星リストには13.9光年のところにある星までしか掲載されていない。なので、もう少し遠くの星までカバーされているカタログを参照する必要がある。THE ONE HUNDRED NEAREST STAR SYSTEMSというページは太陽系に近い方から100の星系(とそれに惜しくも漏れたいくつかの系)に属する恒星のデータがまとめてある。これを見てみても、求める範囲に「肉眼で見える太陽より暗い星」はいくつかあるものの、くじら座τと太陽の間の絶対等級を持つ星はない。というわけで、もっとも明るい「太陽より暗い星」はくじら座τということになる。

 くじら座といえば少し前に取り上げたミラが有名である。2等星や3等星はそこそこあるのだが、大きく広がっているので見失わないようにたどる必要がある。頭から胴体、しっぽに至る並びはまだ見つけやすいのだが、このτ星は胴体からのびた手のあたりなのでだいぶ探しにくい。でもまあ、3等星だから(そのなかではビリだけど)、空が少し暗いところなら見ることが出来る。

 ちなみにその少し南東には先ほど名前の出てきたエリダヌス座εもある。また、くじら座τよりはわずかに遠くにあってわずかに暗い、エリダヌス座ο2という星も同じエリダヌス座にある。秋の夜空、意外な見どころがあるようだ。
 
 

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